Concert Report #796

パブロ・シーグレル5重奏団 featuring レジーナ・カーター
〜タンゴ・ジャズ・コネクション

2015年3月6日 東京オペラシティ・コンサートホール:タケミツメモリアル
Reported by 悠雅彦(Masahiko Yuh)

パブロ・シーグレル(ピアノ、作曲、編曲)
エクトル・デル・クルト(バンドネオン)
クラウディオ・ラガッシ(ギター)
ペドロ・ジラウド(ベース)
フランコ・ピナ(ドラムス、パーカッション)
<特別ゲスト>
レジーナ・カーター(ヴァイオリン)

<曲目>
ミロンガをもう一度(シーグレル)
ラ・フンディシオン(シーグレル)
天使の序章(ピアソラ)
ミケランジェロ70(ピアソラ)
ブルース・ポルテーニョ(シーグレル)
プレイシス(シーグレル)
フーガと神秘(ピアソラ)
石蹴り遊び(シーグレル)
アスファルト(シーグレル)
石畳(シーグレル)
ボエドの少女(シーグレル)
マハビシュヌ・タンゴ(シーグレル、日本初演)
ブエノスアイレス・レポート(シーグレル)
チン・チン(ピアソラ)
<アンコール>
リベル・タンゴ(ピアソラ)
ミケランジェロ70(ピアソラ)

 会場はタンゴ・ファンで熱気が充満し、シーグレルら5重奏団の面々がステージに登場すると大歓声が沸き起こった。これもピアソラ人気の反映だろうかと一瞬目を丸くした。アストル・ピアソラが世を去ってはや22年(92年7月4日死去)。にもかかわらず、今だに「リベル・タンゴ」をはじめピアソラ作品の人気は、わが国では衰えの兆しをまったく見せない。パブロ・シーグレルがピアソラの引退するまで彼の5重奏団のピアニストとして活躍したことを知るファンには、ピアソラ没後20年の2012年に催された「ブエノスアイレスの四季」公演以上に白熱化するコンサートとなるに違いないという、予感なり思い込みがあったのではないだろうか。それを充分に予想した上で、シーグレルはこの夜、ピアソラとシーグレル自身の作品をみずからの編曲で演奏する形をとったように見える。
 第1部は5重奏団による「ミロンガをもう一度」(シーグレル)で蓋を開けた。バンドネオンやギターよりシーグレル自身のピアノがクローズアップされる形を押し出した演奏スタイルは、ドラマー・フランコ・ピナのビートやリズム、ロン・カーターに学んだペドロ・ジラウドがときおり見せるフォー・ビートのウォーキングなどの効果もあって、まさにニューヨーク・タンゴといってもおかしくない、活気にとんだニューヨークとブエノスアイレスのクロスオーバー・サウンドとなって聴衆をエキサイトさせた。それが演奏と聴衆との間に絶妙なノリを生むことを、ニューヨークで活動するシーグレルは心得ている。公演にあえて銘打った<タンゴ・ジャズ・コネクション>を地でいく演奏というべき曲の数々は、ともすればタンゴの神秘性とは反対の陽気なエネルギーの爆発に関心が向きがちだが、いわゆるタンゴ愛好家の熱烈な思いに尻込みすることも臆することもなく、即興的側面に重きを置いたシーグレルならではの勢いのあるサウンドとなって人々の熱狂を誘いだす展開を生んでいった。これには目をみはらされた。その意味では、シーグレルはまさしくピアソラの継承者であり、ジャズとクラシックのエキスを注入して新世代のタンゴを創造したピアソラの意志を受け継ぎながら、この路線にそった展開をシーグレル・スタイルで繰り広げようとしているということだろう。
 しかし、賞賛のお株をさらったのはゲスト格のレジーナ・カーターだったといっても、恐らくはいい過ぎではない。前半の4曲目「ミケランジェロ70」(ピアソラ)で登場したレジーナは出だしこそやや緊張の色が拭えなかったものの、続くブルース版ヌエボ・タンゴとしてシーグレルが作曲した「ブルース・ポルテーニョ」ではブルージーな粘り気のある音色を活かした表現力に富むプレイで観客を魅了した。小柄な可愛らしさは相変わらず。デビューしたころのスマートさこそ影を潜めたものの、ことヴァイオリン奏法に関する限りタンゴのヴァイオリン奏者以上にタンゴに精通した技法で、スタンド・プレイをしているわけではないのに聴衆の喝采を博していたのがとりわけ印象的だった。ニューヨークでは過去ブランフォード・マルサリスを初めとする傑出したジャズ演奏家との共演で人気を勝ち得てきたシーグレルに言わせれば、彼の音楽性との好化学反応を発揮したアーティストがレジーナで、「彼女のスケールの大きさと繊細さを併せ持った音楽性、スタイリッシュなフレージング、観客を魅了する溢れ出すエネルギーは類稀れ」と手放しのほめちぎりよう。私が最も感銘を受けたのは、後半の第2部で第3曲から登場し、次に演奏した「マハビシュヌ・タンゴ」(シーグレル)。何でもニューヨークでレジーナを加えて初演した1曲だというが、ここでのレジーナのまさに秘術を尽くしたヴァイオリン技法は圧巻だった。
 シーグレル5重奏団+レジーナ・カーターの演奏はまさしくニューヨーク・ジャズ・タンゴ。彼女はタンゴ・ヴァイオリニストの申し子のように振る舞いながら、しかし随所でジャズ・ヴァイオリニストならではのフレージングや息遣いを発揮するとともに、黒人音楽の風土(デトロイト)で育んだ豊かな個性を印象づけた。それも、タンゴやミロンガの中で! 最後の「チン・チン」(ピアソラ)での、シーグレルのピアノとレジーナのヴァイオリンのソロ交換、そこで丁々発止で秘技の応酬を楽しみ合う両者のスリリングなプレイに会場は沸きに沸いた。1行も触れられなかったが、バンドネオンのエクトル・デル・クルト、ジャズ色の濃いギタリストのクラウディオ・ラガッシ、ベースのペドロ・ジラウドやドラムスのフランコ・ピナらのアンサンブルに徹した堅実なプレイにも拍手!
 アンコールはむろん言わずもがなの「リベル・タンゴ」。聴衆は一座を放さない。満面に笑みをたたえたシーグレルらは再度「ミケランジェロ70」を演奏し、別れを惜しむかのように手を振ってステージを後にした。

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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