Live Report #797

ステップス・アヘッド ブルーノート東京
Marcus Miller at Blue Note Tokyo

2015年2月23日 ブルーノート東京
text by 神野秀雄 Hideo Kanno
photo by 佐藤拓央 Takuo Sato


Marcus Miller (b, bcl), Alex Han (sax), Lee Hogans (tp)
Brett Williams (keyb), Adam Agati (g), Louis Cato (ds)
Guest: Tony Guppy (steel pan)

1. Run for Cover (Marcus Miller)
2. B’s River (Marcus Miller)
3. We were There (Djavan and Marcus Miller)
4. My One and Only Love (Guy Wood)
5. Hylife (Marcus Miller)
6. Son of Macbeth (Marcus Miller)

 月曜夜にもかかわらず、そしてチャージが1万円を超えるのに2セットとも超満員となったブルーノート東京。マーカス・ミラーが日本のファンにとって最高のカリスマベーシストであることを思い知らされる。振り返ってみると、マーカスは1959年生まれ、ウィントン・ケリーの甥、1981年に『Miles Davis / The Man with a Horn』に抜擢、以来、マイルス・デイヴィスを支える。1983年にリーダーアルバム『Suddenly』を発表。日本においては『渡辺貞夫 / Orange Express』『渡辺香津美 / To Chi Ka』といったフュージョンの名盤を支えていたことが記憶される。特に<Unicorn>のベースラインは印象的だった。以降、ファーストコールのベーシストとして500を超えるレコーディングに参加、プロデューサーとしても数々のヒットを生み出している。
 前作の『Renaissance』から3年を経て、2月中旬に『Afrodeezia』が発売された直後のライブ。「想像を絶する苦難の中にあっても、癒しと強さをもたらす音楽の力に、自分の心を捧げ続けます。UNESCOのArtist for Peaceとして、また奴隷制度問題プロジェクト(Slave Route Project)のスポークスパースンとしての役割にインスパイアされて『Afrodeezia』を創りました」。前作に収められた<Goree>も奴隷貿易の拠点セネガルのゴレ島に因んだ一曲で、今作への出発点となったという。奴隷制度とは過去のものと思ってしまいがちだが、イスラム過激派が異教徒の村を襲撃し、子供たちほぼ全員を誘拐して奴隷にし、少女を売買し改宗させ結婚を強制する、少年兵にするなどの状況はむしろ急激かつ広範囲に拡大している。たとえばリチャード・ボナの故郷カメルーンでも国境の村でこの事件が起こっており、またTwitterで少女売買の情報が交換される、などいかに身近な問題かがわかる。いわゆる先進国ですら拡大する貧富の差の中で生き方の選択が困難になり、軍隊にでも入らなければ大学にも行けないような状況も広義ではつながるかも知れない。黒人が警察に暴行死・射殺された昨今の事件にもマーカスは心を痛める。そして、アフリカから連れてこられた黒人が苦難の中で希望を託した音楽に想いを馳せる。モロッコ、ナイジェリア、サンパウロ、カリブ、パリ、ルイジアナ、シカゴ、デトロイト、ニューヨークなど世界を旅しながら録音を行い、ブラックルーツミュージックのエッセンスを取り入れてルーツを辿っていく。

 1曲目は、マーカス・ミラーがデヴィッド・サンボーンに提供した<Run for Cover>。初出が1981年録音の『David Sanborn / Voyeur』だから23歳の作品だ。ブラスのアンサンブルとともにマーカスのスラップが冴える最も有名な曲のひとつだが、出し惜しみせず最初に持って来て、いきなり盛り上がりの絶頂に。そしてこれは単に過去を振り返るだけでなく、今年4月にリリースされる新作アルバム『David Sanborn / Time and the River』が15年ぶりのマーカスのプロデュースというところにつながる。ところで、このアルバムの何が凄いってジャケットが漢字の「サンボンがわ」だ!!
 そしてこれ以降は新作『Afrodeezia』から。<B’s River>では、テーマの1回目に北アフリカ・モロッコの「グナワ音楽」の「ゲンブリ」という弦楽器をマーカスが弾き、アフリカ的なグルーヴを生み、やがてベースに持ち替えるが、ゲンブリとベースは構え方と音色も似ているし連続的につながっていく。ゲンブリは現地のフェスティバルでプレゼントされたものだという。ブレット・ウィリアムスのピアノ風キーボードの美しさが光る。
 <We were There>は、ジャヴァンとの共作で、昨年亡くなったジョージ・デュークと今年亡くなったジョー・サンプルに捧げられた。アルバムではロバート・グラスパーとレイラ・ハサウェイがゲストに加わっている。ブラジル音楽を愛したジョージとジョーを想い、バンドがサンバのリズムで音楽の喜びを表現し、観客も心を一つにした。続いて定番となったバスクラリネットでのバラード。<My One and Only Love>を低音から高音まで自在に歌い上げる。
 今回の来日メンバーは『Afrodeezia』に参加していて、うちアレックス・ハン、アダム・アガティ、ルイス・ケイトーは前作にも参加している。マーカスの耳が選んだメンバーだけあり、演奏は巧みで繊細でありながらゆったりした気持ちのよいグルーヴを生み出す。リズムの役割が大きすぎるブラックルーツミュージックにあって、パーカッショニストを置くことなく、ルイスが一人でその重責を果たしきる。アレックス・ハンのサックスと、リー・ホーガンのトランペットは、優れたブラスアレンジのもとで、テーマにバックリフにソロに力を出し切り素晴らしい演奏を聴かせる。マイルスの右腕であり、自らも管楽器を吹くマーカスが、ハードバップで多用された3管・2管編成を現代に昇華させていくように思える。
 <Hylife>は、西アフリカで1970年代に流行したhigh lifeにインスパイアされた曲。ハイテンポでリズムを刻み、2管でのハーモニーにヴォーカルがつながり、スラップを交えたベースが歌う。スピード感があり軽快でありながら、心の底から揺さぶるようなグルーヴの深さのバランスは絶妙で、マーカスの真骨頂を見る。そして鳴り止まない拍手で讃えられながら、ステージを降りる。
 アンコールで演奏された<Son of Macbeth>は、パーカッショニストのラルフ・マクドナルドに捧げられた曲。19歳のときラルフに認められて、ボビー・ハンフリー、ラルフ、スティーブ・ガッド、リチャード・ティー、エリック・ゲイルとの録音に1曲だけ参加する機会を得る(予定されていたアンソニー・ジャクソンが席を譲る)。こうしてマーカスの輝かしいスタジオワークへの一歩を踏み出すきっかけを作ったのがラルフだった。トリニダード・トバゴ出身のラルフに因んでカリプソで作られた<Son of Macbeth>、日本で活躍するスティールパン奏者のトニー・ガッピーがゲストで参加し、カリブの雰囲気が高まる。マーカスは「みんなカリプソを知ってるか?知らなきゃ俺が教えてやるぜ!」と笑う。アダム・アガティのギターも強い存在感を見せる。客席の盛り上がりは最高潮に達した。
 2月21日にはブルーノート東京でベースクリニックが開催され、すぐに予約でいっぱいになり、ベーシストたちに熱狂的に迎えられて有意義な講義が行われたことも付記しておく。次は『David Sanborn / Time and The River』のツアーだろうか。ライブでこそ伝わるマーカスの魅力、次回の来日も楽しみだ。

【関連リンク】
Marcus Miller 公式ウェブサイト
http://www.marcusmiller.com
Afrodeezia ビクターエンターテイメント公式YouTube
https://youtu.be/9CGnTC4GVsA

【JT関連リンク】
International Jazz Day Global Concert 2014 Osaka
http://www.jazztokyo.com/live_report/report686.html

Afrodeezia Renaissance David Sanborn / Time and The River

神野秀雄 Hideo Kanno
福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

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