Concert Report #798

デビュー10年記念
河村尚子ピアノ・リサイタル

2015年3月13日 東京オペラシティ コンサートホール
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<曲目>
J.S.バッハ(ブゾーニ編):シャコンヌ
ショパン:
 マズルカ 第13番 Op.17-4
 ワルツ 第5番「大円舞曲」 Op.42
 ノクターン第8番 Op.27-2
 舟唄 Op.60
ラフマニノフ:前奏曲 Op.23 第10番、第7番
プロコフィエフ:第6番「戦争ソナタ」Op.82

 衒いなくゆったりと… 新たな一歩を踏み出した河村尚子。

 なんとなく気になって、折々に聴きに出かけているピアニスト、河村尚子。早くもデビュー10周年を迎えるという。演目に並んだのは、デビュー以来の愛奏のショパン、近年その魅力を再発見していると語っていたラフマニノフ。冒頭のバッハは、亡くなった恩師ウラディーミル・クライネフへの追悼だろうか。締めくくりは大曲のプロコフィエフ。「これまで」と「これから」を示してみせるような、興味深いプログラムである。

 開幕の《シャコンヌ》。第一音から、あ、と思う。迷いなく、ぱん、と入った。河村さん、変わった。 
 これまでに聴いたいくつかの演奏会では、開幕の曲はまるで「探り弾き」のようだった。音をどれくらい響かせるか、テンポをどう取るか、慎重に探りながら弾き進め、ようやく後半から閉幕にかけて調子に乗ってくる。何かを決めかねている、というわけではなく、どちらかというと、あらかじめ決めすぎていて――自分なりの創意工夫をほどこすことにこだわりすぎていて、いざ本番となったときに、突然、これで良かったのだろうかと疑いを持ち始めるような。「これが今の私」と素直に自己開示できないために、聴衆に届く一歩手前で音楽が引っ込んでしまうような。そんなもどかしさがあった。
 この日の《シャコンヌ》は、それとはまったく違った。思い切りの良い、細部まで明瞭な演奏。大器がようやく、自分の足で、軽やかに歩み出した。そんな予感がする。

 最後のプロコフィエフ。圧巻とはこのこと。長大かつ複雑な大曲だけれど、一瞬たりとも飽きなかった。これだけの技術があり、細部に至るまで深く細やかな思索がある。作曲家に大胆に挑戦していく覇気も十分。やはり、群を抜く逸材だと思う。

 ひとつだけ気になったこと。時折、急激な緩急・強弱の変化に、ふっとこちらの集中が切れることがある。ここの音楽は、そういう急な変化を要求しているところだろうか? 
 自分なりの創意で大胆に音楽を造形していく姿勢は、その意気や良し、とおおいに共感する。河村の特色は、私に言わせると、「不逞」の匂いがするところだ。誤解を招く言葉かもしれないが、私はこれを褒め言葉として使っている。今や育ちのいいお嬢様・おぼっちゃまばかりで、作曲家の意図に忠実に、ひたすら美しく滑らかで傷ひとつないような音楽を奏でるピアニストが多いなか、河村のこのスタンスは独特である。どこか、必ず、ひねってくる。まっすぐではない。そこが面白い。ただし、正道を踏まえたうえでの意識的な解釈ならよいのだが、ひねることが無意識のクセになってしまうと、説得力を失ってしまう。
 大胆な解釈が、作品に新たな魅力を加える「創意」となるか、単なる「恣意」に終わるか。それはたぶん、演奏者の知性によると思う。音楽の諸様式への幅広い理解、歴史の知識……。これだけの技術と感性をもつ逸材なのだから、どうか道を逸れず、堂々と、自分の音楽を究めていってほしいと願わずにいられない。

 アンコールは伸び伸びと。リスト編曲シューマンの《献呈》、ショパンの《英雄ポロネーズ》と遺作の《ノクターン第20番》。大曲続きでどよめく聴衆を尻目に、疲れもみせずに弾ききった河村の爽やかな笑顔。10周年にふわさしい充実したコンサートは、華やかな大喝采のうちに幕を閉じた。

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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