Concert Report #800

ボリス・ギルトブルグ ピアノリサイタル

2015年3月18日 トッパンホール
Reported by 丘山万里子(Mariko Okayama)

<曲目>
グバイドゥーリナ:シャコンヌ
シューマン:謝肉祭op.9
ラフマニノフ:楽興の時op.16より
  第1番 変ロ短調/第2番 変ホ短調/第3番 ロ短調/第4番 ホ短調
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第2番ニ短調op.14
<アンコール>
リスト:三つの演奏会用練習曲より第2曲へ短調「軽やか」
ラフマニノフ:練習曲「音の絵」op.39-6
ブラームス:間奏曲op.118-2

 1984年モスクワ生まれ、幼少期をテル・アヴィヴで過ごし、10代でイスラエル室内管弦楽団とアメリカ・ツァーへ、2013年エリザベート王妃国際音楽コンクールで第1位を得た俊英である。
 後半が素晴らしかった。とくにプロコフィエフ。FAZIOLIを轟々と鳴らし(でも、決して響きが濁らない)、あるいは繊細の極みへと沈潜し、その音響の往来に壮大な音宇宙を打ち立てる。第1楽章、対照的なテーマ、激昂と夢想の間を鮮やかにゆききし、第2楽章スケルツォはザクザク、スパスパと切っ先鋭いフレージングで空間を切り裂いてゆく。その思い切りのよさ。一転、くぐもるような沈静から、徐々に膨れ上がってゆく音塊の、マグマの噴出というより、そのエネルギーの蠢きが強烈なアンダンテ楽章。そうして終楽章の野性味たっぷりなヴィヴァーチェの疾走に、ときおりの懐疑とセンチメンタルなメロディーが交錯する。あるいは、ウォッカで酔い、大地を蹴り踊るロシアの滾り立つ生命の舞踏。プロコフィエフの持つ多彩な劇性が、ときに天をあおぎ、ときに腰を浮かせ、鍵盤に沈み、おそいかかり、乱舞する指先に克明に描き出される。まさに会心の出来映え。
 ラフマニノフもいい。第1番にあふれるロマンに、レニングラードの白夜に、ネヴァ河のほとりをいつまでもそぞろ歩く人々の影を思い出し、なんだか胸を締め付けられた。こういう歌にも、ギルトブルグは抜群の感性をきらめかせる。終部、高音の重音の下降は天から雪片がひらひら舞ってくるみたい。第2番の熱情。第3番の、寂寥を踏みしめるような一歩一歩の音運び。第4番のパッショネイトに逆巻く音の激流。それぞれの曲趣にそって、ぴたりはまった身ごなしを見せ、その底に、震え、熱するロシア魂を感触させる。
 プロコフィエフの最後の音に、コンサート冒頭に弾かれたグバイドゥーリナの響きがよみがえってきた。巨大な鐘のなかに居て、撞かれるたび激越に震動する音波に存在がまるごと呑み込まれるみたいな音触、あるいは、鐘の面を微風が撫でてゆくような手触り。そうか、ギルトブルグは、こういう音ではじまり、終わりたかったんだな、と納得。シューマンは、これらロシアものに比べれば平均点だが、そんなことはたいしたことではない。もっとプロコフィエフや、今度はショスタコーヴィチが聴きたい! 

丘山万里子 Mariko Okayama
東京生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に『鬩ぎ合うもの越えゆくもの』『からたちの道 山田耕筰論』(深夜叢書)『失楽園の音色』(二玄社)、『吉田秀和 音追い人』(アルヒーフ)、『波のあわいに』(三善晃+丘山万里子/春秋社)他。東京音楽ペンクラブ会員。本誌副編集長。

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