Concert Report #801

新国立劇場 新制作
プッチーニ『マノン・レスコー』

2015年3月18日 新国立劇場オペラパレス
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

【スタッフ】
指揮:ピエール・ジョルジョ・モランディ
演出:ジルベール・デフロ
装置・衣裳:ウィリアム・オルランディ
照明:ロベルト・ヴェントゥーリ

【キャスト】
マノン:スヴェトラ・ヴァッシレヴァ
デ・グリュー:グスターヴォ・ポルタ
レスコー:ダリボール・イェニス
ジェロント:妻屋秀和
エドモンド:望月哲也

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団

 流麗なプッチーニ音楽の魅力全開。ただし演出は…?

 2011年3月、東日本大震災のために公演中止を余儀なくされた《マノン・レスコー》、悲願の復活上演。主要キャストは当初予定とほぼ変わらず、指揮者のみリッカルド・フリッツァからモランディに交替している。
 プッチーニ作品の中でも、《ボエーム》、《トスカ》、《蝶々夫人》の三大オペラに比べて、格段に上演回数が少ないこの作品。その原因は物語が弱いこと。軽佻浮薄なヒロインのマノンにどうにも感情移入しにくく、従ってマノンに振り回されるデ・グリューの行動も理解しがたく…… ただし、オペラでは(特に日本の聴衆にとっては)リアリティのまるでない恋愛物語になってしまっているが、アベ・プレヴォーの原作は、当時のフランス社会を生々しく描き出す「卓越したリアリズム小説」であった。プログラムの鹿島茂氏の文章は、さすがに読み応えのある読み解きとして面白い。

 モランディ指揮の東京交響楽団が素晴らしく、たとえようもなく美しく流麗なプッチーニの音楽が、少しの停滞も見せず、まるで豊かに湧き出る泉のよう。歌手たちも凸凹なくバランスが取れていて、安心して音楽を楽しめた。

 デフロ演出の舞台は簡素で、最低限の装置のみ使った、きわめて美しい舞台。色彩の対照も鮮やかである。ただ、私にはどうもこの人の演出は、以前の《カヴァレリア・ルスティカーナ》と《道化師》の時もそうだったのだが、深い思想に裏打ちされた演出とは思えないのだった。今回の舞台は、簡素すぎて、美しすぎて、それでなくても取っかかりの少ない物語が、さらにのっぺりしてしまった。金持ちをだまくらかして贅沢な暮らしを楽しむマノンの軽佻浮薄な姿、一転して襤褸をまとった姿で恋人とただふたり、荒野で息絶える惨めさ。その対比も、見えにくくなっている。
 いささか意地が悪すぎるかもしれないが、デフロの、「演じ手たちの技量が高ければ高いほど、私としては、ステージは『空』になるべきだと考えています」という言葉、私にはどうも、うさんくさい言い訳に聞こえてしまう。
 ひとつ、象徴的な場面。マノンが罪に問われ、アメリカ行きの船に乗せられる。同じような境遇の女囚たちも次々に呼び出され乗船していくのだが、彼女らの挙措がどうも滑稽である。とても囚人には見えない派手な化粧と衣服で、順々に呼び出され中央に出てくると、客席をにらみポーズをとって、そのまま静止。高校生の不良が精一杯「悪女」ぶって見栄を切っているようで、どうも子供っぽい。一方マノンはそういう女たちの中で、まるで怯えきった少女のような佇まい。そんな馬鹿な。そんな単純な話ではないからこそ面白いのだ、この物語は。
 リアルでもなし、深い意味を湛えた象徴にもなりきっていない。ひとことで言って、作品への読みが浅い、と思う。

 こうした演出を海外からわざわざ買ってくるくらいなら、日本国内で公募して、我こそはという若手に挑戦の機会を与えたほうが、よほど有意義ではないだろうか。
 優れた演出家の指導のもとで日本人歌手が研鑽を積む機会を与える、というのならまだわかるが、主要キャストも外国人である。今回では例えばジェロント(マノンを囲い者にする金持ち役)の妻屋秀和、出番は少ないが素晴らしい美声で存在感を示した羽山晃生(舞踏教師役)など、声も舞台姿も外国人にひけをとらない日本人歌手が輩出されている今、民間オペラでは主役を張れるような歌い手たちが脇役やカヴァーに甘んじているのは、やはりおかしい。国立オペラがなにゆえにわざわざ同胞をそのような惨めな立場におとしめるのか。キャストや演出を日本人にしてしまうと、切符が売れないのだろうか。それなら何のための国立オペラだろう。
 制作側だけを責める問題ではないこともわかっている。現に客席は平日マチネにもかかわらず、(演奏会はどこも集客に苦労しているというのに)よく埋まっており、幕間のロビーでは、年配の観客が舞台や音楽の美しさに感嘆している声も聞かれた。

 オペラの普及・振興も、一筋縄ではいかない。
 美しいプッチーニの音楽に耳を傾けつつ、さまざまなことを考えさせられた舞台だった。

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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