Concert Report #803 |
小菅優 ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ最終回(全8回) |
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1983年生まれ、93年よりヨーロッパ在住。9歳でリサイタルを開き、2005年にカーネギーホール・デビュー、内外で活躍し、若くして国際派と呼ばれる女流である。平成25年度文部科学大臣新人賞を受賞している。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲シリーズの第1回(2010年)は「第1番」「第2番」「第3番」だった。それから5年、最終回の第8回はソナタの最後を飾る3曲「第30番」「第31番」「第32番」が並ぶ。
ベートーヴェンの後期作品にはフーガと変奏が特徴的だが、この3曲にはピアノ・ソナタという容れ物のなかで彼が追求したその極限の形が書き置かれていると言っていい。とりわけ「第32番」は2楽章構成で、フーガ的書法を含む第1楽章と、5つの変奏で編み上げられる第2楽章となっており、初期から書き続けてきたソナタの到達点が示され、ベートーヴェンがここで筆をおいた胸の裡がしんしんと迫ってくる作品である。それをどう弾くか。
冒頭、跳躍する音の切片を大胆に打ち込む序奏から、ダイナミックに躍動するテーマへ。驀進するパワーとリズムの切れ味はいかにも小菅らしい。ぐいぐいと抜き手で音の波を突き進む、その颯爽たる音楽の推進力。一転、第2楽章のアリエッタの、夜、純白の月下美人(花言葉は儚い美)がそっと花開くような秘めやかな美しさ。第1楽章との対比にベートーヴェンの内なるドラマの深淵がのぞく。小菅の歌は、ただ、私にはいささか息継ぎが早い。もう少し、と味わっていたいところで次の音が来る。とくに、最初の変奏の前のテーマの架け橋部分。ここはいったん静かに目を閉じるような余情が欲しいのだが。次々変転する変奏の妙は、とりわけジャズを思わせるといわれる第3変奏での俊敏な付点、後打ちリズムに生気を漲らせる。以前聴いた「第13番」(第3回)での似たようなノリを思い出したが、そのときの若さの横溢にくらべると、今回は尖りが減っている。大人になった、ということか。最後、透きとおった水晶のような高音トリルのさざ波にのって歌われる歌は天国的で、まるでシューベルトのよう。小菅はその最後の音を、天の星をふっと見上げるみたいに弾き、ベートーヴェンが抱いた心の憧憬を、彼女自身の、彼への憧憬に重ねてみせた。そう、32の、長い旅の果て、見えたものはこれ。ロマン派へのベートーヴェンのはなむけ。ほぼ満席の聴衆からの盛大な拍手は、その旅へのねぎらいがこもったものだった。
他の2曲では「第31番」、第1楽章や、第3楽章の<嘆きの歌>にベートーヴェンの最も敏感なところにためらいがちに触れてゆくような愛おしさがあふれた。課題もある。どの作品にも感じられたことで、緩徐部分でのハーモニーの微細な変化に音色が今ひとつともなわない。これで音色のパレットが広がればもっと奥行きのある演奏家になるだろう。
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