Live Report #805

Special Spring Jazz Live ! 〜 TOKYO BIG BAND

2015年3月26日 東京・赤坂 B flat
Reported by 悠雅彦 (Masahiko Yuh)
Photos by Naoyuki Maruyama

TOKYO BIG BAND directed by Jonathan Katz
Trumpets: ルイス・ヴァレ、岡崎好朗、松島啓之、Mike Zachernuk
Trombones: Fred Simmons、池田雅明、上杉優、高橋英樹
Reeds: Steve Sacks、鈴木圭、岡崎正典、Simon Cosgrove、宮木謙介
French Horns: 中澤幸宏、Akko Tan
Rhythm: Jonathan Katz(piano, arrange, leader)、原とも也(guitar)、安ヵ川大樹(bass)、柴田亮(drums)

<第1部>
1.浜辺の歌
2.紅葉(もみじ)
3.ライト・ワン
4.海
5.砂山
6.お江戸日本橋

 前半の演奏(ライヴハウスのステージは通常2回)を聴き終えた後、のっぴきならない用事で帰らなければならない身が、これほど恨めしく感じられたことは過去にさかのぼってもほとんどない。卑俗な言い方をすれば、後髪を引かれる思いで会場を後にした。
 ピアニストのジョナサン・カッツが主宰するTOKYO BIG BANDの久々の演奏会。
 このビッグバンドは2008年に日本のトップ・ミュージシャンを得て組織されたジャズ・オーケストラだが、なぜか巡り合わせが悪くじっくり聴く機会に恵まれなかった。結成間もない頃に2度ほど聴いたに過ぎない。それにしても、わが国を代表するプレーヤーが多数彼のもとに参集し、のみならず全員が活気あるアンサンブルを楽しんでいる様子を目にしたとき、リーダーのジョナサン・カッツの人柄、音楽にかける熱い情熱、確かな音楽的能力がパワーアップされた形で発揮されていることを実感しないわけにはいかなかった。要するに、彼には音楽的才覚や能力に加えて、メンバーが信頼するに値するだけの人望があるということだろう。そのことをこの夜もひしひしと感じた。
 カッツが上智大学へ留学のため日本にやってきたのは1987年だから、もうかれこれ25年以上にわたって日本で活動していることになる。彼が芸大で尺八を専攻したブルース・ヒューブナーと”Candela”というユニークなグループを立ち上げたのが2002年の暮れ。洋楽(ジャズ)と邦楽を融合させながらポップ感覚をもプラスしたCandelaの音楽が縁で、以来両者と親しく話を交わすようになった私にとって、TOKYO BIG BANDはカッツの楽才が最良の形で実を結んだ成果だと思っていたことを、この夜改めて確信した。
 私が聴いた前半のステージで、演奏された楽曲は全部で6曲。カッツ自身のオリジナル曲「Right One」を除いて、他の5曲はすべて日本の歌謡、俗謡、童謡など。上掲のライヴ・データをご覧いただきたい。実は、私たち日本人に馴染み深いこれら5曲の演奏が出色だった。いや、演奏自体もさることながら、カッツの手になるオーケストレーションを含むアレンジに目をみはらされたのだ。その昔、リカルド・サントスのリーダー名で吹き込まれ、大編成オーケストラが演奏してヒットした日本の楽曲のように、ヨーロッパ風に洗練され味付けされた日本曲とはまったく違う。20年以上も日本で生活し、自己の音楽を着実に発展させてきたカッツの真骨頂を見たといってもいいほど、日本人の誰が聴いても違和感のない日本情緒をたたえたフシとウタが躍っていて、すこぶる印象的だった。
 ちなみに、このビッグバンドには他のバンドにない2つの特徴がある。1つは2本のフレンチホルンをおいていること。角田健一ビッグバンドが武満徹作品を演奏するときにホルン奏者を起用した例があるが、サウンドに幅とふくらみが加わる効果が大きい。もうひとつは各セクションに外国の演奏家を置いていること。サックス・セクションにはカッツ同様日本で演奏活動を続けているスティーヴ・サックスとサイモン・コスグローヴ、トランペットにはルイス・ヴァレとマイク・ザチャーヌク、トロンボーンにはフレッド・シモンズ、ホルンのアッコー・タン、リズム陣のカッツといったふう。加えて、クラシックからワールド・ミュージックにいたる広い分野で活躍している打楽器奏者クリストファー・ハーディーと、Candela時代のよき相棒の尺八奏者ブルース・ヒューブナーがソロを中心に大きくフィーチュアされ、華やかな演奏にさらなる色を添えたこと。ハーディーは4曲目の「海」で、ヒューブナーは「砂山」(中山晋平)でフィーチュアされ、それぞれ熱演した。特に、小さな1尺6寸の尺八で時に朗々と、時にエキサイティングに吹きまくるヒューブナーのホットなソロが客席を沸かせた。日本のトップ・プレーヤーたち、岡崎好朗、正典の兄弟、池田雅明、安ヵ川大樹、柴田亮らのソロも申し分なし。
 しかし繰り返すが、アレンジャーとしてのジョナサン・カッツの能力には脱帽した。とりわけ日本の曲の調べはむろん情緒を的確にとらえるペンの冴えという点で。ワルツによる「浜辺の歌」、同じワルツながら速いテンポで軽快感を出した「海」、2曲目のカラフルな「紅葉」(Song for Autumn)、5曲目の「砂山」などを聴き通して、ふと思う。もしこれらを録音された演奏で聴いたら、アレンジャーがカッツだとは思わなかったに違いない、と。そして、前半の最後は「お江戸日本橋」。クリス・ハーディー、ブルース・ヒューブナーを加え、ヒューブナーのソロやハーディーのコンガ・ソロをフィーチュアしたホットな盛り上がりといい、終盤で<山寺の和尚さんは、毬(まり)はつきたし、毬はなし〜〜〜>という歌詞をバンド全員のコーラスでカバーするユーモラスな展開 といい、加えて江戸情緒をビッグバンド・サウンドと巧みに混ぜ合わせたカッツの編曲手腕に思わず大きな拍手を送った1曲であった。
 翌日、カッツに電話をして訊いたら、後半は「浜千鳥」、「雪の降る町を」、「春の小川」などを演奏したとか。とたんに、前半を終えて帰らなければならなかった口惜しさがふたたびこみ上げてきた。

【関連リンク】
Live Evil #001 Tokyo Big Band (TBB)
2014.8.29 @赤坂 Bb text & photo by 稲岡邦弥
http://www.jazztokyo.com/column/liveevil/001.html#liveevil001

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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