Concert Report #810

大野和士 東京都交響楽団音楽監督就任記念公演T
第786回定期演奏会Bシリーズ

2015年4月3日 サントリーホール
Reported by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)

<演奏>
大野和士(指揮)東京都交響楽団

<曲目>
シュニトケ:合奏協奏曲第4番=交響曲第5番(1988)
ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調op.67『運命』

 サントリーホールの雰囲気がどこかいつもと違う。筆者自身の精神状態がそう見えさせているのか。いや、そうではあるまい。これから何かが起こるとの期待、そしていくらかの不安の入り混じり。大野和士の東京都交響楽団音楽監督就任記念公演Tがこれから始まろうとしている。文字通り、音楽監督就任後の最初のコンサート。チケットは無論完売。プログラムはシュニトケ:合奏協奏曲第4番=交響曲第5番、ベートーヴェン:交響曲第5番『運命』(交響曲が「交響曲」であることを高らかに宣言したと言うべきベートーヴェン、対して、そのベートーヴェンに影響を受けながら交響曲創作を行い、しかしその器の「耐用年数」に疑問が投げかけられて既に久しいどんづまりの時代における成れの果ての成果、シュニトケ。この対比によるメタ視線の獲得がその意図だろう。勿論両方第5番という共通点)。尚、開演前に大野のプレトークがあったのだが筆者は聞けていない。
 第1曲目のシュニトケでは、まず大野の耳の良さと都響の見事なアンサンブル力に驚く。音楽は常にシャープで1点の曖昧さもない。強烈な大音響、不協和音ですら整然として余すところがない。美しいとすら形容できる。筆者は実演では初めて接する曲だが(大半の聴衆も恐らくそうだろう)、しばしば聴いていたシャイー&コンセルトヘボウの録音よりもむしろ技術的に明快なのではないか? 曲のカタチをこれほど見通せる演奏は恐らく他にないというレヴェル。しかし、表現面で言うならば楽曲のカオスをカオスのまま提示するような方向性も考えられた気はする。しかし恐るべき高い次元での話ではある。この曲の面白さに再度目覚めさせられた思い(ちなみチェンバロには鈴木優人が参加。こういう曲だけにあまり音は聴こえて来なかったが)。
 最初からしてシュニトケであったので、ベートーヴェンがどう聴こえるか−衝撃度が薄く感じられるのか−に興味があったけれども、果たしてその演奏は圧倒的なものであった。楽曲の精神にこれだけ沿った演奏はなかなか聴けないと思う。まず、第1楽章冒頭からその勢い、推進力にのけぞるしかない(後日、代官山蔦屋書店で行なわれたトークイベントにおいて、大野はこのベートーヴェン:『運命』の冒頭部分の八分音符をゆっくりと切り離して歌った後、「こうじゃないんです、ここはこうでなくてはなりません!」と言いながら足踏みしつつたたみ掛けるように素早く「ン・ダダダダーン!」と歌った。正にその通りの演奏になっていた!)。第1楽章はそのテンションでひたすら推進につぐ推進。第2楽章は正にアンダンテ・「コン・モト」となっていたのが素晴らしい。速めのテンポで繊細な表情付けを行ないながら、第1楽章から引き継がれる「動きのある」内なるリズムの律動が明確に体感できるのだ。これでこそこの曲の内的統一性が生きる。第3楽章では気合の入ったホルン強奏とトリオの低弦に驚き(殊にコントラバスの存在感)、そして第4楽章ではそのテンポの速さに再びのけぞる。アレグロではなくてプレスト。提示部反復の際のひときわ上がったテンションには唖然。そうした中でも全く乱れることはなく音楽は常に正確である。この熱さ(ディオニュソス的な深淵さ)と正確さ、さらに言えば端正さの兼備が大野の美点だろう。それにしても恐らくホールにいた多くの方は、この耳タコ(あまりに!)になっていた『運命』が、市民革命の時代に生まれるべくして生まれた、いかに革新的で異例ずくめの曲であったか、頭ではなくてそれこそ皮膚感覚として腑に落ちたのではないだろうか。まさに当時の「追体験」であるし、さらにその演奏には現代性(批評性と言い換えても良い)もある。それでこそ今ベートーヴェンを聴く意味があるというものだ。大野と都響はこれからわれわれにどんな世界を見せてくれるのだろうか。楽しみは募るばかりだ。

藤原聡 Satoshi Fujiwara
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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