Concert Report #812

東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.6
『ニーベルングの指環』第1日《ワルキューレ》

2015年4月7日 東京文化会館 大ホール
Reported by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 堀田力丸(1、2、3)、青柳聡(4)/提供:東京・春・音楽祭

<曲目>
R.ワーグナー:舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』 第1日《ワルキューレ》(全3幕)
(演奏会形式/字幕・映像付)

<演奏>
指揮:マレク・ヤノフスキ
管弦楽:NHK交響楽団 (ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)

ジークムント:ロバート・ディーン・スミス
フンディング:シム・インスン
ヴォ―タン:エギルス・シリンス
ジークリンデ:ワルトラウト・マイヤー
ブリュンヒルデ:キャサリン・フォスター
フリッカ:エリーザベト・クールマン
ヘルムヴィーゲ:佐藤路子
ゲルヒルデ:小川里美
オルトリンデ:藤谷佳奈枝
ヴァルトラウテ:秋本悠希
ジークルーネ:小林紗季子
ロスヴァイセ:山下未紗
グリムゲルデ:塩崎めぐみ
シュヴェルトライテ:金子美香

<スタッフ>
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田尾下哲
照明デザイン:辻井太郎(劇光社)
舞台監督:金坂淳台(ACTIVE)
大道具:ACTIVE
照明:劇光社
映像:イノベーティブデザイン
字幕:広瀬大介
字幕作成:Zimakuプラス

演奏会形式でのオペラは、通常の舞台上演と較べると演奏する側の負荷を軽減できる部分がある。特に歌手にとっては、舞台上を動きまわり、演技しながら歌う必要がなくなり、音楽だけに集中することができるようになる。一方でオーケストラが歌手と同じ平面で演奏するため、両者のバランスが課題となることもある。もちろん舞台をつくるための費用という点でも大きな差がある。
2005年に新演出のオペラの制作・上演を中心とする音楽祭としてスタートした『東京のオペラの森』であるが、2009年から『東京・春・音楽祭』と名称を変え、翌2010年からは"東京春祭ワーグナー・シリーズ"として、ワーグナーの劇場作品を演奏会形式で毎年一演目ずつとりあげてきた。今年は『ニーベルングの指環』の二作目『ワルキューレ』が演奏された。前作『ラインの黄金』で、小人アルベリヒが三人のラインの乙女から奪った黄金で作った指環、その持ち主が世界を支配することができる指環は巨人ファーフナーのものとなった。このオペラでは、それを取り返し神々の終焉を避けようとするヴォータンの企みと挫折がえがかれる。
第一幕は、自らの誓約に縛られ自分の手で指環を取り戻すことができない神々の長ヴォータンが、指環奪還を託すために人間に生ませたジークムント、ジークリンデの双子の愛が中心となる。この二役を歌うロバート・ディーン・スミスとワルトラウト・マイヤーの二人は60歳目前のベテラン、どちらもこの役を持ち役とし高い評価を受けてきている。歌いまわしや言葉の扱いはさすがにうまく、演技がなくてもドラマが感じられる。ヤノフスキの指揮は作曲者の指示を守り、きっちりと形をつくっていくことを基本としているが、この二人、とくにマイヤーの歌う場面では、音量やテンポなど彼らの声に合わせ配慮していた。ジークリンデの夫フンディングを歌ったシムは、声に力はあるのだが歌が単調。
第二幕は、ヴォータンとその妻フリッカとの対決、ヴォータンが娘ブリュンヒルデにそれまでの経緯を語る部分が中心となる。フリッカのエリーザベト・クールマンが、ツヤのある声、必要な場面での声量、そして巧みな言葉さばきで聴かせた。ヴォータンの弁明を次々と論破し、屈服させるにふさわしい歌であった。ヴォータンのエギルス・シリンスは、声自体が荒く感じられはしたが、歌詞にそった表情付けは聞き取れた。ただ、ブリュンヒルデに語りながら、自分の計画の破綻にいらだちを見せるところなどでは、歌い方にもう一工夫ほしい。ブリュンヒルデのキャサリン・フォスターは、厚みのある声で丁寧な歌唱であった。大きな声で絶叫することがなかったことは評価できる。シリンスとフォスターは、ヤノフスキのかっちりとした「楷書」の音楽の部品にふさわしかったといえよう。
第三幕は有名な「ワルキューレの騎行」で始まる。ブリュンヒルデの異母姉妹であるワルキューレたちが次々に登場し、声を張り上げる。前幕の最後でヴォータンに逆らったブリュンヒルデがジークリンデを連れて逃げてくる。ジークムントを失ったジークリンデは死を求めるが、胎内に彼の子ジークフリートが宿っていることを告げられ生きることを強く望む。この短い場面でのマイヤーの歌と声だけでの演技は心打たれるものがあった。これに続く、ヴォータンとブリュンヒルデのやりとり、ヴォータンの告別、魔の炎の音楽、感情を盛り上げてほしいところなのだが、その少し手前で止まってしまっているように感じられた。
オーケストラはヤノフスキの指揮のもと充実した演奏を行っていた。
背景の映像、最後の場面では野焼きのように火がひろがり、噴石が飛び交う様子で終わった。それ以前の雲がわずかに動いている映像など書割のようで、あまり音楽を聴く上の助けになっていなかった。演奏会形式の公演には不要と思える。

(補足)
この公演の後、この音楽祭の一環としてエリーザベト・クールマンの歌曲リサイタルが行われた。「愛と死」をテーマとする意欲的なプログラムで、大変楽しませてもらった。ほどなくして彼女のサイトに、今後の活動方針の発表があった。リサイタル、コンサートを活動の中心とするというもの。オペラは演奏会形式以外は参加しないという。彼女は42歳、まだ舞台から引退を考える年齢ではない。このようなポリシーの歌手が出てきたことは、今後のオペラ上演に変化をもたらすことになっていくのかもしれない。
http://www.elisabethkulman.com/auf-zu-neuen-ufern-off-to-new-horizons/

1 2
3 4

藤堂清 Kiyoshi Tohdoh
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.