Concert Report #819

ジャン=クロード・ペヌティエ
フォーレ夜想曲全曲

2015年5月8日 トッパンホール
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 大窪道治/提供:トッパンホール

【曲目】
フォーレ:夜想曲
 第5番 変ロ長調 op. 37
 第4番 変ホ長調 op. 36
 第1番 変ホ短調 op. 33-1
 第2番 ロ長調 op. 33-2
 第10番 ホ短調 op. 99
 第9番 ロ短調 op. 97
 第3番 変イ長調 op. 33-3
 第8番 変ニ長調 op. 84-8
 第7番 嬰ヘ短調 op. 74
 第6番 変ニ長調 op. 63
 第11番 嬰ヘ短調 op. 104-1
 第12番 ホ短調 op. 107
 第13番 ロ短調 op. 119

 フォーレ音楽の魅力を再発見 ペヌティエの知性と感性に脱帽

 ガブリエル・フォーレ(1845〜1924)の夜想曲13曲すべてを休憩なしで聴かせる意欲的なプログラム。第1番は1875年頃、最後の第13番は1921年の作曲。即興曲や舟歌よりも長いスパンで、生涯にわたって書きつがれたジャンルだ。フォーレにとっては、ベートーヴェンにとってのピアノ・ソナタと同じように、最も身近で、最も心情を吐露しやすいジャンルだったのかもしれない。

 作曲年代順に聴いてフォーレの変化を追っていくのかと思いきや、ペヌティエは上記のような曲順を組んだ。フォーレのこととて、調性は一つの曲の中でも自在に移ろってゆくから、曲間の対比や類似を調で示すことは不可能だし意味がない。ではどんな意図が?と思いつつ聴いたが…… おそらく、曲の長短、緩急、ダイナミクスの振幅の大きさ、などなど、ペヌティエの直感がとらえる何らかの必然性があり、慎重に配慮されての曲順であることは、伝わってきた。
 曲間の間合いも、長めに取ったり、アッタッカのようにすぐ次の曲に移ったりと、まことに自在。印象的だったのが、間合いを長めに取るときにも、手を膝におろさずに、鍵盤にすぐ下ろせる構えで保持する場面が多々あったこと。まるでそよ風のように、さざ波のように、ふわりと音が風景のなかに入り込んでくる…… その瞬間は、自分が決めるのではなく、外からやってくる。それを捉えようと、しかし行き詰まるような緊張ではなく、自然な呼吸で待つペヌティエ。

 結果的に、13の曲がすべて、ひとつながりの大きな1曲として聞こえてきた。なんと豊かで深い音楽だったことか。これは確かに「夜想曲」、夜の音楽だ――そのことを、これほどはっきりと知らされた演奏はない。
 夜の濃密な気配――かすかだがはっきりと、静かだがうるさいくらいに聞こえてくる、風、葉擦れの音、動物の声、ひそやかな足音。匂い、湿気、雲間から時折まぶしいほどに大地を照らす月光、それもすぐに闇に沈んで……
 外の世界と響きあうように、心も妖しいほどに騒ぐ。高ぶり、沈み込み、哄笑し、諦観する。それがすべて音楽となって、抑えようもないほど豊かに溢れ出てくる。
 フォーレといえばフランスのエスプリの極致、あくまでも柔らかく、軽やかで、洗練された物言いが特徴だが、違う、それだけではない。この人は相当に激情のひとだ、と改めて思う。

 ペヌティエの音色は、実に柔らかく表現力豊か、でも決して「美しい」とは言えない。「ふくよか」でもない。でもその「平たい」直接的な音が、フォーレの激情をこれ以上ないくらいふさわしく、聴き手の心に伝えてくる。

 聴衆の熱い拍手に、何度も舞台に呼び戻されるペヌティエ。アンコールといっても、このあといったい何を弾くのだろう…… ペヌティエはそんな心理も充分に承知していて、「人間の情感がすべて含まれている」この音楽のあとでは、アンコールは難しいけれども……と前置きしたうえで弾かれたのは、《レクイエム》の<ピエ・イエズス>。心憎い選曲だった。

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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