Concert Report #820

林正樹 & 西嶋徹

2015年5月9日 雑司ヶ谷 エル・チョクロ
Reported by 徳永伸一郎(Shin-ichiro Tokunaga)
写真提供:エル・チョクロ

林正樹 (pf)
西嶋徹 (b)

<第1部>
TSUBAME(西嶋徹)
mの問いかけ(林正樹)
刻の汀 toki no migiwa(西嶋徹)
柿(西嶋徹)
水面 minamo(林正樹)
Nocturuna(Julian Plaza)

<第2部>
El retratador(西嶋徹)
Orbit P(林正樹)
Ne me quitte pas(Jacques Brel)
El dia que me quieras(carlos gardel)
El choclo(Angel Villoldo)
Alfonsina y el mar(Ariel Ramirez)
Quiet little lady(Debora Grugel)
糸遊 itoyui(林正樹)

 小さなライブハウスに出かける大きな楽しみの1つは、目の前にいるミュージシャンから発せられ、アンプやPAを介さずダイレクトに耳に届く生音である。そこにはスピーカーから出てくる音を聴いているだけではわからない快楽が、確実に存在する。とはいえ、残響が乏しい空間で聴く乾いた音よりは、優れた音響機器によって最小限の電気的処理が施された音の方が心地良いと感じることが多いのも事実だろう。室内楽用の小ホールよりもさらに小さく、適度な響きを備えた空間。これが難しい。当然ながら、狭い空間ほど反射音は微小な時間で到達し、残響は短くなる。この物理的な制約は大きい。

 ところが、わずか30席程度の広さで、好条件を満たす穴場的なライブハウスが、なんと山手線の内側にある。いや正確には"ライブハウス"ではない。池袋から地下鉄副都心線で1駅の雑司ヶ谷、東京音大にも近い閑静な住宅街にある"タンゴバー"、エル・チョクロだ。築70年ほどになるというオーナー伊藤氏の実家を改装したバーのフロアに、小さなグランドピアノ。本来はタンゴ限定なのだが、タンゴと縁の深いジャズミュージシャンは例外的に出演することがある。ベーシスト西嶋徹、ピアニスト林正樹といえば、今や紛れもなく日本のジャズシーンにおけるトップミュージシャンだけれども、ヴァイオリニスト会田桃子(ジャズ方面では挾間美帆アンサンブルへの参加が記憶に新しい)率いるタンゴバンド「クアトロシエントス」でも長らく活動を共にしており、タンゴ界においても良く知られた存在だ。

 昨年、デュオとしてほぼ10年ぶりとなるアルバム『El retratador』をリリースした彼らのライブは、これまでにも何度か聴いているが、ここエル・チョクロで上質なアルゼンチンワインと共に味わうそれは、また格別だ。高度なテクニックはもちろんのこと、タッチの美しさが際立つ彼らだけに、この木造一軒家との相性は抜群だった。店内はいわゆる古民家風で、ことさらに音響を考慮した構造になっているわけではないのだが、ステージ上部に充分な空間が広がっており、ほどよい反響が木のぬくもりと共に伝わってくる。西嶋のコントラバスにほんのりと天然のリヴァーブが加わり、林正樹の恐ろしく繊細なピアノが寄り添うと、期待以上の効果を生み、ゾクゾクするほどだった。どんな高級オーディオもハイレゾ音源も、このサウンドには敵わない。なんという贅沢だろう!

 この日は会場の特性も意識して、二人のオリジナル曲以外に、CDに収録されているアルゼンチン・フォルクローレの名曲<Alfonsina y el mar(邦題:アルフォンシーナと海)>や、タンゴファンにはお馴染みの軽快なミロンガ<Nocturuna>、店名の由来でもある古典タンゴのスタンダード<El Choclo>などが取り上げられたが、まさにジャズとタンゴを知り尽くした彼らならではの演奏。ジャズ的なアドリブソロやタンゴ特有の技法は、こういった楽曲の中に取ってつけたように挿入したところで、タンゴとしてもジャズとしても不恰好なものになってしまいがちだが、彼らにそんな心配は無用である。打楽器を伴わないタンゴ演奏においてリズムを牽引するコントラバスの役割は非常に大きいのだが、なにせ西嶋は晩年のピアソラの盟友パブロ・シーグレル(pf)が、自らのプロジェクトに起用するほどの力量だ。ジャズファンとタンゴファンの双方を魅了する、という観点でも、最上級のユニットだろう。

 そして、名ベーシスト西嶋徹の美点を最大限引き出すのは、やはり林正樹なのだ、ということをあらためて実感した。今春より渡辺貞夫カルテットに抜擢され、新宿ピットインでの東京公演でも才気迸る演奏を聴かせてくれたばかり。鬼怒無月(g)率いるプログレッシヴ・タンゴバンドSalle Gaveauやケーナの鬼才 岩川光のトリオで聴かせる狂気をは孕んだような超絶技巧から、自己のグループ「間を奏でる」での静謐なアンサンブルまで、変幻自在なプレイが林の持ち味だが、そこに共通するのは、共演者が発する音に対する反応の柔軟性と瞬発力だ。西嶋とのデュオ以外にも、仙道さおり(per)、中西俊博(vln)、田中邦和(sax)、そして最近惜しくも亡くなった井上淑彦(sax)らとの多彩なデュオ演奏がCD化されているので、ぜひ聴き較べて頂きたい。どれもが、その組み合せでしか聴けない音楽だ。

 ベスト・アクトとしては、林作曲の<Orbit P>を挙げておこう。プログレ的とでも言ってよさそうな、クールな旋律とリズムを備えており、アルバム中でも異彩を放つナンバーだ。デュオならでは、そしてライブならではの濃密なインタープレイが生み出す躍動感と緊張感。ジャズの悦楽とは突き詰めれば、そこに集約されているのではないか。



【関連リンク】

林正樹×西嶋徹DUO インタビュー(JJazz.Net)
http://www.jjazz.net/jjazznet_blog/2014/03/duo.php

雑司ヶ谷 Tango Bar エル・チョクロ
http://el-choclo.com/contents/?page_id=4

徳永伸一郎 Shin-ichiro Tokunaga
90年代後半からクラシックギター専門誌「現代ギター」に執筆を開始。現在は同誌と「Latina」誌に定期的に執筆。2002年以降、いくつかのCD、コンサートの企画制作も手掛ける。ギターが好きで、あらゆるジャンルのギタリストを聴くうちに、興味はジャズや中南米音楽へ。本業は理系の大学教員。

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