Concert Report #820 |
林正樹 & 西嶋徹 |
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小さなライブハウスに出かける大きな楽しみの1つは、目の前にいるミュージシャンから発せられ、アンプやPAを介さずダイレクトに耳に届く生音である。そこにはスピーカーから出てくる音を聴いているだけではわからない快楽が、確実に存在する。とはいえ、残響が乏しい空間で聴く乾いた音よりは、優れた音響機器によって最小限の電気的処理が施された音の方が心地良いと感じることが多いのも事実だろう。室内楽用の小ホールよりもさらに小さく、適度な響きを備えた空間。これが難しい。当然ながら、狭い空間ほど反射音は微小な時間で到達し、残響は短くなる。この物理的な制約は大きい。
ところが、わずか30席程度の広さで、好条件を満たす穴場的なライブハウスが、なんと山手線の内側にある。いや正確には"ライブハウス"ではない。池袋から地下鉄副都心線で1駅の雑司ヶ谷、東京音大にも近い閑静な住宅街にある"タンゴバー"、エル・チョクロだ。築70年ほどになるというオーナー伊藤氏の実家を改装したバーのフロアに、小さなグランドピアノ。本来はタンゴ限定なのだが、タンゴと縁の深いジャズミュージシャンは例外的に出演することがある。ベーシスト西嶋徹、ピアニスト林正樹といえば、今や紛れもなく日本のジャズシーンにおけるトップミュージシャンだけれども、ヴァイオリニスト会田桃子(ジャズ方面では挾間美帆アンサンブルへの参加が記憶に新しい)率いるタンゴバンド「クアトロシエントス」でも長らく活動を共にしており、タンゴ界においても良く知られた存在だ。
昨年、デュオとしてほぼ10年ぶりとなるアルバム『El retratador』をリリースした彼らのライブは、これまでにも何度か聴いているが、ここエル・チョクロで上質なアルゼンチンワインと共に味わうそれは、また格別だ。高度なテクニックはもちろんのこと、タッチの美しさが際立つ彼らだけに、この木造一軒家との相性は抜群だった。店内はいわゆる古民家風で、ことさらに音響を考慮した構造になっているわけではないのだが、ステージ上部に充分な空間が広がっており、ほどよい反響が木のぬくもりと共に伝わってくる。西嶋のコントラバスにほんのりと天然のリヴァーブが加わり、林正樹の恐ろしく繊細なピアノが寄り添うと、期待以上の効果を生み、ゾクゾクするほどだった。どんな高級オーディオもハイレゾ音源も、このサウンドには敵わない。なんという贅沢だろう!
この日は会場の特性も意識して、二人のオリジナル曲以外に、CDに収録されているアルゼンチン・フォルクローレの名曲<Alfonsina y el mar(邦題:アルフォンシーナと海)>や、タンゴファンにはお馴染みの軽快なミロンガ<Nocturuna>、店名の由来でもある古典タンゴのスタンダード<El Choclo>などが取り上げられたが、まさにジャズとタンゴを知り尽くした彼らならではの演奏。ジャズ的なアドリブソロやタンゴ特有の技法は、こういった楽曲の中に取ってつけたように挿入したところで、タンゴとしてもジャズとしても不恰好なものになってしまいがちだが、彼らにそんな心配は無用である。打楽器を伴わないタンゴ演奏においてリズムを牽引するコントラバスの役割は非常に大きいのだが、なにせ西嶋は晩年のピアソラの盟友パブロ・シーグレル(pf)が、自らのプロジェクトに起用するほどの力量だ。ジャズファンとタンゴファンの双方を魅了する、という観点でも、最上級のユニットだろう。
そして、名ベーシスト西嶋徹の美点を最大限引き出すのは、やはり林正樹なのだ、ということをあらためて実感した。今春より渡辺貞夫カルテットに抜擢され、新宿ピットインでの東京公演でも才気迸る演奏を聴かせてくれたばかり。鬼怒無月(g)率いるプログレッシヴ・タンゴバンドSalle Gaveauやケーナの鬼才 岩川光のトリオで聴かせる狂気をは孕んだような超絶技巧から、自己のグループ「間を奏でる」での静謐なアンサンブルまで、変幻自在なプレイが林の持ち味だが、そこに共通するのは、共演者が発する音に対する反応の柔軟性と瞬発力だ。西嶋とのデュオ以外にも、仙道さおり(per)、中西俊博(vln)、田中邦和(sax)、そして最近惜しくも亡くなった井上淑彦(sax)らとの多彩なデュオ演奏がCD化されているので、ぜひ聴き較べて頂きたい。どれもが、その組み合せでしか聴けない音楽だ。
ベスト・アクトとしては、林作曲の<Orbit P>を挙げておこう。プログレ的とでも言ってよさそうな、クールな旋律とリズムを備えており、アルバム中でも異彩を放つナンバーだ。デュオならでは、そしてライブならではの濃密なインタープレイが生み出す躍動感と緊張感。ジャズの悦楽とは突き詰めれば、そこに集約されているのではないか。
【関連リンク】
林正樹×西嶋徹DUO インタビュー(JJazz.Net)
http://www.jjazz.net/jjazznet_blog/2014/03/duo.php
雑司ヶ谷 Tango Bar エル・チョクロ
http://el-choclo.com/contents/?page_id=4
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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