Live Report #821

maiko at No Bird

2015年5月7日 No Bird(銀座)
Reported by 悠雅彦(Masahiko Yuh)

maiko (violin)
伊藤志宏(piano)
水谷浩章(bass)
橋本学(drums)

 ライヴ・シーンでとみに評判をよんでいる演奏家ともなれば、たとえ一度も演奏に接したことがなくても関心だけは脳裏の隅でわだかまっていて逃げてはいかない。この度はたまたま加藤アオイさんのお誘いのおかげで意外に早く実現した。いま注目の的となっているヴァイオリニストのmaikoの銀座でのセッション。実はアオイさんは11月にジャズとクラシックに挑戦するコンサート(ヤマハホール)を久々に催す。そのクラシック・パートで驚いたことにベートーヴェンの名高いスプリング・ソナタを取り上げるというのだが、このヴァイオリン・ソナタで共演するのが何とmaikoだというので二度びっくりした。お二人が京都市立芸術大学の先輩後輩の間柄だと聞いて合点がいったものの、二人が本当にスプリング・ソナタに挑戦するのか、実現したらさぞや見もの(聴き物)だろう。
 ベースの水谷浩章やドラムの橋本学のプレイを間近で聴くのは久しぶり。だが注目したのは、生では初めての伊藤志宏だった。腕達者のピアニストという評判通りの、あたかも軽快にドリブルするフットボール・プレイヤーを彷彿させる爽やかなフィンガリングで、maikoの旋律ラインを自在に活きいきと縫う。息が合っている同士のプレイは聴いていても肩が凝らない。maikoがいかに彼を信頼しているかは彼女の視線の具合で分かる。すべてを託すだけの信頼に裏打ちされているからこそ、彼女は自分のプレイに専心できるのだろうし、それが全体の音の流れに活きいきとした輝きを生む。
 この相互の情感や意志の往来は、maikoが去る3月に発表した最新CD、伊藤志宏との『The Duo』(T. TOC Records)に、より鮮明かつ活きいきと記録されている。驚いたことに、彼女は2月に『Donna Lee』(同)を発表しているので、2ヶ月連続で自己のCDを世に問うたことになる。それだけ彼女は今、ノリにのって、ひたすら上昇志向の快感を味わっているようにみえる。伊藤志宏との『The Duo』はすべてmaikoのオリジナル曲で、5曲目の「Moon Bridge」では彼女のクラシック奏法が聴く者を強く引きつけるなど、作曲の面でも積極的に取り組んでいる姿勢が顕著。それはこの夜の演目にもはっきり現れていた。だが、『Donna Lee』で日本人のスタンダード好みに照準を定めたかのようなコール・ポーターの「帰ってくれたら嬉しいわ」や「クライ・ミー・ア・リヴァー」、あるいは「ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー」などでの彼女の機転の利いた弓使いやノリのいいフレージングなどには、すでにわが国のトップ・ジャズ・ヴァイオリニストの生気が発散している。私が注目したのはそこだ。惜しむらくは、演奏を深化させる道半ばのmaikoに音楽のディープな魅力がまだ備わっていないことだ。それを要求するのはもう少し先でいい。今は現在の伸びのびとした感性を発揮して聴く者の耳に滑り込んでくる彼女ならではの素直な演奏を繰り広げていけばいいと思いながら、この夜はひたすらリラックスして気持よく聴いた。maikoは何でも99年4月に上京以来、寺井尚子のライヴに通いつめながらジャズ・ヴァイオリンの魅力や表現の闊達な自在性の獲得にアプローチしてきたらしいが、それから10数年を経て今や寺井尚子の後を継ぐ魅力的なヴァイオリン奏者に成長し、今日では作曲にも精をだして幅広い視野を持つ音楽家へと伸びやかに転進しようとしているのは頼もしい。
 店内には毎日新聞の名物記者として名を馳せる川崎浩氏も熱心に耳を傾けており、maikoがいま多くの識者たちの心を捉えているヴァイオリニストだということが分かる。この1、2年の音楽活動が彼女の貴重な土台となるような気がする。スムースな弓の運動性といい、感情を巧みにコントロールした表現のスムースな魅力、あるいはリズミックな躍動性など、多くの点で寺井尚子の後を担うヴァイオリン奏者として大きな飛躍を予感させる能力が備わっていると強く感じた。今後目をはなせないヴァイオリニストだ。

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


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追悼特集
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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COLUMN
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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
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