Concert Report #822 |
<歌曲(リート)の森> 〜詩と音楽 Gedichte und Musik〜 第16篇 |
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トッパンホールの主催公演「〈歌曲の森〉シリーズ」、クリストフ・プレガルディエンはすでに3回登場し、この日のピアニスト、ミヒャエル・ゲースや、アンドレアス・シュタイアーと、シューベルトやシューマンの歌曲を歌ってきている。今年の来日では、マーラーを中心とするプログラムとゲーテの詩による歌曲という二つのプログラムが用意された。
『さすらう若人の歌』のために登場したクリストフ・プレガルディエンは、一年前より引き締まった体で登場、無駄がなくなったせいか、声自体も安定し響きが豊かになっている。来年還暦を迎える(中華文化圏でいえば)とは思えない若々しさであった。失恋の痛みを歌うこの歌曲集、プレガルディエンの歌う主人公の嘆きに対し、ゲースのピアノがその傷口に塩をぬるかのようにいどむ。第1曲での焦燥感をあおるようなテンポの揺らし方、第2曲でのまわりのものの幸福感と主人公の絶望感とのギャップの大きさ、それが第4曲「菩提樹の下で、世の苦しみを忘れ眠った」という箇所にいたって一体となり歌を包みこんでいく。このような細やかな声とピアノの会話は、オーケストラ版では困難だろう。
二番目のブロックで取り上げられた作曲家ヴィルヘルム・キルマイヤーは、1927年ドイツ・ミュンヘン生まれ、87歳。保守的な作風で、マーラーの歌曲と並べられても違和感はない。彼はヘルダーリンの詩による歌曲集を第3巻まで発表している。この日歌われたのは、第2巻の最後におかれた4曲。第1曲の「やさしい青空に」が演奏時間10分の大作であるのに対し、第3曲の「あたかも雲を」は1分ほどの短い曲で、続く第4曲「ギリシア」へのあこがれへの橋渡しの役をになっている。キルマイヤーは第4曲の冒頭と最後に「ギリシア」という言葉を加え、その国への憧憬を強調するなど、ヘルダーリンの詩を自由に扱い、付曲している。プレガルディエンも作曲家の思いを汲み、弱声で注意を引き付けたり、アクセントで強調したりと、いつもにもまして言葉を大切に扱っていた。
後半のマーラーの歌曲も、彼ら二人が実演でも録音でも何度も歌ってきたもの。最初の2曲の多少滑稽味を帯びた歌では、プレガルディエンの軽妙な言葉さばきが冴え、会場に笑みが広がるところもあった。ところが、3曲目の「ラインの伝説」で、想像もできなかったような事がおこった。第2節の途中でプレガルディエンが歌詞を忘れてしまったのか、歌えなくなってしまった。ゲースがピアノを弾きながら会場中に響く声で歌詞を教えたが、その節でははっきり戻れないままで、次の節から復帰し最後まで歌い終えた。プレガルディエンほどのベテランでもこういった事故があるのだという驚きと、頭に浮かんだ歌詞でごまかそうとしなかったことに、変な言い方だが感心。その後の3曲は、これで逆に気合が入ったようにしっかりと歌った。「トランペットが美しく鳴りひびくところ」「死んだ鼓手」の2曲、戦場で死んだ兵士をえがいた歌が遠い世界の話と言えなくなりつつあることが気がかりだ。
「〈歌曲(リート)の森〉シリーズ」、2008年以来ほぼ毎シーズン行われてきている。副題の「詩と音楽」にふさわしい歌手・ピアニストを選び、着実に回を重ねてきているのは、歌曲を好むものにとって本当にありがたい。2016年にはプレガルディエンとパドモアが予定されているとのこと、楽しみである。今後は、若手リート歌手の紹介も期待したい。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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