Concert Report #822

<歌曲(リート)の森> 〜詩と音楽 Gedichte und Musik〜 第16篇

2015年5月13日 トッパンホール
Reported by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 藤本史昭/提供:トッパンホール(撮影は第2夜〜第17篇)

<演奏>
テノール:クリストフ・プレガルディエン
ピアノ:ミヒャエル・ゲース

<曲目>
グスタフ・マーラー:『さすらう若人の歌』
 第1曲 いとしいひとがお嫁に行く日は
 第2曲 今朝ぼくは野原を歩んだ
 第3曲 ぼくは燃える剣をもっている
 第4曲 いとしいあの子のつぶらな瞳が
ヴィルヘルム・キルマイヤー:『ヘルダーリンの詩による歌曲集 第2巻』より
 やさしい青空に
 人間
 あたかも雲を
 ギリシア
-------------------(休憩)---------------------
グスタフ・マーラー:『子供の魔法の角笛』より
 この歌をつくったのはだれ?
 高い知性への賛美
 ラインの伝説
 原光
 トランペットが美しく鳴りひびくところ
 死んだ鼓手
--------------------(アンコール)----------------
グスタフ・マーラー:『5つのリュッケルトの詩による歌』より
 私はこの世に捨てられて

トッパンホールの主催公演「〈歌曲の森〉シリーズ」、クリストフ・プレガルディエンはすでに3回登場し、この日のピアニスト、ミヒャエル・ゲースや、アンドレアス・シュタイアーと、シューベルトやシューマンの歌曲を歌ってきている。今年の来日では、マーラーを中心とするプログラムとゲーテの詩による歌曲という二つのプログラムが用意された。
『さすらう若人の歌』のために登場したクリストフ・プレガルディエンは、一年前より引き締まった体で登場、無駄がなくなったせいか、声自体も安定し響きが豊かになっている。来年還暦を迎える(中華文化圏でいえば)とは思えない若々しさであった。失恋の痛みを歌うこの歌曲集、プレガルディエンの歌う主人公の嘆きに対し、ゲースのピアノがその傷口に塩をぬるかのようにいどむ。第1曲での焦燥感をあおるようなテンポの揺らし方、第2曲でのまわりのものの幸福感と主人公の絶望感とのギャップの大きさ、それが第4曲「菩提樹の下で、世の苦しみを忘れ眠った」という箇所にいたって一体となり歌を包みこんでいく。このような細やかな声とピアノの会話は、オーケストラ版では困難だろう。
二番目のブロックで取り上げられた作曲家ヴィルヘルム・キルマイヤーは、1927年ドイツ・ミュンヘン生まれ、87歳。保守的な作風で、マーラーの歌曲と並べられても違和感はない。彼はヘルダーリンの詩による歌曲集を第3巻まで発表している。この日歌われたのは、第2巻の最後におかれた4曲。第1曲の「やさしい青空に」が演奏時間10分の大作であるのに対し、第3曲の「あたかも雲を」は1分ほどの短い曲で、続く第4曲「ギリシア」へのあこがれへの橋渡しの役をになっている。キルマイヤーは第4曲の冒頭と最後に「ギリシア」という言葉を加え、その国への憧憬を強調するなど、ヘルダーリンの詩を自由に扱い、付曲している。プレガルディエンも作曲家の思いを汲み、弱声で注意を引き付けたり、アクセントで強調したりと、いつもにもまして言葉を大切に扱っていた。
後半のマーラーの歌曲も、彼ら二人が実演でも録音でも何度も歌ってきたもの。最初の2曲の多少滑稽味を帯びた歌では、プレガルディエンの軽妙な言葉さばきが冴え、会場に笑みが広がるところもあった。ところが、3曲目の「ラインの伝説」で、想像もできなかったような事がおこった。第2節の途中でプレガルディエンが歌詞を忘れてしまったのか、歌えなくなってしまった。ゲースがピアノを弾きながら会場中に響く声で歌詞を教えたが、その節でははっきり戻れないままで、次の節から復帰し最後まで歌い終えた。プレガルディエンほどのベテランでもこういった事故があるのだという驚きと、頭に浮かんだ歌詞でごまかそうとしなかったことに、変な言い方だが感心。その後の3曲は、これで逆に気合が入ったようにしっかりと歌った。「トランペットが美しく鳴りひびくところ」「死んだ鼓手」の2曲、戦場で死んだ兵士をえがいた歌が遠い世界の話と言えなくなりつつあることが気がかりだ。
「〈歌曲(リート)の森〉シリーズ」、2008年以来ほぼ毎シーズン行われてきている。副題の「詩と音楽」にふさわしい歌手・ピアニストを選び、着実に回を重ねてきているのは、歌曲を好むものにとって本当にありがたい。2016年にはプレガルディエンとパドモアが予定されているとのこと、楽しみである。今後は、若手リート歌手の紹介も期待したい。

藤堂清 Kiyoshi Tohdoh
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

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