Concert Report #826

日本フィルハーモニー交響楽団第670回〜東京定期演奏会

2015年5月16日 サントリーホール
Reported by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:下野竜也
ゲスト・コンサートマスター:西本幸弘

<曲目>
1.黛敏郎:フォノロジー・サンフォニック〜交響的韻律学〜
2.林光:Winds (日本フィル・シリーズ第24作)
3.三善晃:霧の果実(日本フィル・シリーズ第35作)
4.矢代秋雄:交響曲(日本フィル・シリーズ第1作)

2015年5月15日から17日の東京にて、矢代秋雄の『交響曲』が3日連続でコンサートにかかるという珍事(?)が発生した(前二者は同じ演奏家だけれど)。大体コンサートのプログラムなどというものはかなり前から決定されているものだろう。それがマーラーやチャイコフスキーならともかくもこの曲でだ。15日と16日は下野竜也&日本フィルの第670回定期演奏会で、17日は野平一郎&オーケストラ・ニッポニカの第27回定期演奏会で。だが裏を返せば、3日連続というのはさすがに稀な事態とはいえ、いささか牽強付会ながら矢代の交響曲はそういう頻度で演奏されて然るべき内容を備えた傑作であるからこそバッティングしたともいいうるのではないか。
ところで筆者が今回その矢代の『交響曲』に接したのは前述の下野竜也&日本フィルの定期公演(16日。今回の定期ではゲストコンサートマスターに仙台フィルの西本幸弘)。同オケが渡邊暁雄の発案のもとに1958年の創立時より行なってきた「日本フィル・シリーズ」―邦人作曲家への作曲委嘱とその初演―の「再演企画」が今回の定期である(矢代の交響曲は1958年の記念すべき第1回で初演された)。プログラムのトリである矢代作品が当夜演奏された4曲中でもずば抜けた傑作だと筆者には思われる。フランク流の循環形式を用いているが、当夜の解説で片山杜秀氏も書いているようにストラヴィンスキー風でもありフローラン・シュミット風でもある(あるいはオネゲル的なところも)。第3楽章後半に漂うフレーヴァーは誰しもメシアンを想起するだろうし、その意味では若き日の作曲者が留学したパリ音楽院での影響があからさまではある。しかしその禁欲的で重厚な外貌の中に漂うほのかな官能性と独自の先鋭的な音彩感覚の融合は全くすばらしく、言うまでもなくただの模倣にはなっていない。過去を向きすぎてもいなければ極端な前衛に走ることもなく、あくまで分りやすい中で陳腐にも陥っていない。そのコクのある深みは、ともすると1度聴いて感心はするが再度聴いてみようとは思いにくい曲もままある「現代曲」の中でも何度でも繰り返し聴きたくなるような魅力に溢れている。加えて、当夜の下野の演奏は非常に満足の行くものだった。楽曲の構成の把握に隙がなく、多様な響きを明快に整理して意味不明な混濁に陥る箇所がまるでない。日本フィルも技術的にすばらしく、作曲者が聴いたらさぞ喜ぶのではないか、そんな感慨を抱いた(ちなみに、当曲スコアの冒頭には「日本フィルのために」の献辞があるという)。
矢代以外の3曲についても触れよう。第1曲目は黛敏郎『フォノロジー・サンフォニック-交響的韻律学-』。かの『涅槃交響曲』の前哨戦的な楽曲。いわゆる「カンパノロジー・エフェクト」が活用されているが、『涅槃〜』ほどにはシステマティックではない印象。ほとんどエドガー・ヴァレーズ風でさえある。第2曲目は林光『WINDS』(日本フィル・シリーズ第24回作品)。そして前半最後の3曲目は三善晃『霧の果実』(日本フィル・シリーズ第35回作品)。これら3曲については筆者も初めて聴く曲で演奏について具体的に言及することは難しいが、下野の指揮のもと、日本フィルが緊張感に満ちた見事なアンサンブルを聴かせていたのは間違いない。ダメな演奏であれば、分る・分らない以前にそれは感じ取れるものだから。
なお、下野は各曲が終わった後に譜面台にあるスコアを掲げて作曲者と作品を讃える。そして4曲目の矢代が終わった後のカーテンコールでは全4曲のスコアを同様にそれぞれ掲げていた。「すばらしいのは作品なんです!」と言わんばかりに。それにしてもこういう現代作品のコンサートで感じるのは、やはりこの手の作品は実演に接してみないとその良さが伝わりにくいということだ。録音で聴いても何をやっているのか分らないということも往々にしてあるのではないか(音源自体も少ないことが多いから録音では必ずしも最高水準の演奏で聴けるわけでもない可能性もある)。だが実演に接してみれば、理屈以前にその音やパフォーマンスそれ自体に惹きつけられ、そこから現代作品の面白さに目覚めることもあるのではないだろうか。その意味では、日本フィルにはこのシリーズを今後も継続して頂きたいものだ。ちなみに9月にはやはり再演企画で別宮貞雄の『交響曲第1番』が演奏され、さらに来年3月には10年ぶりの新作-第41作が演奏されるという。期待しておこう。

藤原聡 Satoshi Fujiwara
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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