Concert Report #827

渡辺玲子&アンドレア・ルケシーニ デュオ・リサイタル

2015年5月21日 サントリーホール ブルーローズ
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

【演奏】
渡辺玲子/ヴァイオリン
アンドレア・ルケシーニ/ピアノ
【曲目】
ベートーヴェン
 ヴァイオリン・ソナタ第6番 イ長調 op.30-1
シューベルト
 二重ソナタ イ長調 op.162 D574
ベートーヴェン
 ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調 op.30-2
 ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 op.24「春」

 品格ある大人のデュオ 細やかで深みのある情感

 ベートーヴェンのソナタにシューベルトを加えた2夜連続のプログラムの第1夜を聴いた。
 デュオを聴く愉しみにもいろいろあって、若さと超絶技巧に喝采したり、2人の奏者の丁々発止のやりとりを固唾をのんで見守ったり、アグレッシヴな解釈に目の醒める思いをしたり。
 当夜のデュオは、昨今なかなか出会えないような「大人」の品格と落ち着きを味わう、大変心地のよいコンサートとなった。なによりも音楽そのものに無心に耳を傾けよう、と言いたげな奏者2人の佇まい。悠揚迫らざるという言葉がぴったりで、実に清々しく潔い。

 ルケシーニのピアノは、時に音量や、インパクトの強いタッチがヴァイオリンを凌駕しそうになり、気になる場面もあったのだが…… 最近よくある、ソフトペダルで音量を押さえ込んで「伴奏」に徹するようなデュオとは違って、「2人で」音楽を創るという姿勢が鮮明で、好感がもてる。ピアニストの自由な表現を「許す」などという言い方もおかしいのだが、ソリストの渡辺の器量の大きさ、音楽が第一というスタンスを感じさせる。
 曲の構成・情感を心憎いほどわきまえたルケシーニのピアノに全幅の信頼をおき、渡辺のヴァイオリンは悠々と大空を飛翔する。実に大きな音楽の空間。

 ベートーヴェンの『第6番』では、とりわけ第2楽章のカンタービレな旋律が、どこまでも伸びていくような大きな美しいフレージングで、聴きほれた。シューベルトはベートーヴェンとの類似と相違を味わう、選曲の妙。ベートーヴェンのアグレッシヴな創意工夫とはまた違った、シューベルトの音楽の造作が興味深かった。ベートーヴェン『第7番』ではスケルツォの第3楽章から第4楽章にかけて、ベートーヴェンらしい、エネルギッシュな諧謔と、暗いドラマティックな曲想が起伏の大きな表現で。締めくくりの『第5番』、名曲の<春>は、渡辺が「鳥のさえずりのような」と解説で書いた第1楽章第2主題が可憐。端正で品格のある演奏で、「ウィーン古典派」の香気に久しぶりに触れた気がする。

 最後に特筆しておきたいのが、渡辺自身によるプログラム・ノート。作品の様式や作曲の背景について、定石を踏まえた解説をほどこしつつ、その中に、演奏家だからこそ掴み得る、音楽の面白さそして感動を、てらいなく確実に伝えてくる。たとえばこんなところ。ベートーヴェンの第6番第3楽章より、「ヴァリエーションごとに刻々と変化する曲想と、対位法を含む主題の変奏では、演奏するものに熟考を要求する。[……]演奏は容易ではないが、上手く運べば斬新な音響が得られる。こんなことを考え出すベートーヴェンは見事である」。

 長い歳月をかけて熟成された美酒の味わい。そんな言葉が浮かぶような、忘れがたいコンサートだった。

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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