Concert Report #828

チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ 2015日本ツアー
【生誕175年記念チャイコフスキー・プログラム】

2015年5月28日 サントリーホール
Reported by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ウラディーミル・フェドセーエフ(指揮)
ワディム・レーピン(ヴァイオリン)

<曲目>
チャイコフスキー:イタリア奇想曲 作品45
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
〜レーピンのアンコール〜
パガニーニ編:「ヴェニスの謝肉祭」
チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36
<アンコール>
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」〜スペインの踊り
スヴィリドフ:「吹雪」〜ワルツ・エコー
ハチャトゥリアン:「ガイーヌ」〜レズギンカ舞曲

今年の2月には病気で重篤な状態にまで陥ったとのフェドセーエフは、その後4月にN響を振りに無事来日を果たした。その公演には筆者も駆けつけたが、舞台姿は非常に元気であり、そのような大病を患ったとは到底思えぬ快癒ぶりである。そして「シェエラザード」では独特な静謐さと余韻に満ちた偉大な音楽(「シェエラザード」で偉大?これがそうなのです)を聴かせてくれたのだが、カーテンコールで楽員そして聴衆からの実に暖かく盛大な拍手を受け止めていたフェドセーエフは実に幸せそうな表情を浮かべていた。そのフェドセーエフが今度は主席指揮者を務めるチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(旧・モスクワ放送交響楽団)と生誕175年記念チャイコフスキー・プログラムを携えて来日。5月28日の公演を聴いた。
1曲目の「イタリア奇想曲」からしてオケの個性が明らか。良い意味で雑味の多く洗練されていないトランペットの音は、もはや死語である“西側”のオケからはなかなか聴けない類の音。弦楽器陣もよく聴くと案外バラバラなのだが、それが集積されると独特の厚みとうねり、艶が出る(その意味でチェコ・フィルと似ている)。木管群もカラフルで楽しい。しかしなぜかホルンの鳴りがかなり弱い(今夜だけなのか、金管は意外に抑制されている)。この「イタリア奇想曲」は様々な部分が接続曲風につなぎ合わされているが、フェドセーエフはその各部分のメリハリをあまり強調せず意外にあっさりと進めて行く。それが、派手にお祭り騒ぎをしようと思えばいくらでもできるこの曲において独特の雰囲気を醸し出していた。それでもかなりの盛り上がりを見せ、ホールからは既にブラボーが出ての大喝采。
2曲目には頭髪にかなり白いものも混じって見た目がすっかり中年となったレーピンによるチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。オケの前奏ではかなりゆったりとしたテンポでたっぷりと歌わせる。最近は粘らずあっさりと聴かせる演奏ばかりなのでこれは新鮮である。終楽章の主部は省略なし。レーピンはさすがに上手いが、正直に書けば弾き飛ばしているような印象も受ける。何かアンコールをやるに違いないと踏んでいたらこの人の十八番、パガニーニ編「ヴェニスの謝肉祭」。レーピンのこの曲では、ヤンソンス&ベルリン・フィルのヴァルトビューネコンサートで笑いを噛み殺しながらオケのメンバーと遊んでいる映像があるが、この夜も楽しい。指揮者なしでオケの弦楽器陣がピチカートで参加。レーピンのソロは超絶技巧をふんだんに盛り込み、妙に笑ってしまう音響にはホールがうっすらざわめく。
後半は「交響曲第4番」。金管はここでも意外に抑制されている(にしてもやはりホルンが鳴らない。鳴らさないのか鳴らせないのか)。朗々と鳴り渡るような、いわゆる“ロシアン・ブラス”を想起させるような演奏ではない。筆者などは意外の感。全曲を通して明らかに一番個性的で聴かせたのが第2楽章だろう。ABABAで言えばそのBの部分。ここを極めて遅いテンポで濃厚極まりなく歌わせる。恍惚としたほどだ。
これで正規プログラムは終了だが、そう、フェドセーエフのコンサートに来る人は知っている、彼らの本領が炸裂で一番楽しめるのはアンコールであることを。果たして、この夜はチャイコフスキー:「くるみ割り人形」〜スペインの踊り、スヴィリドフ:「吹雪」〜ワルツ・エコー、そしてハチャトゥリアン:「ガイーヌ」〜レズギンカ舞曲の3曲が演奏されたのだが、チャイコフスキーからして猛烈快速テンポにまるで民族音楽かというようなド派手なパーカッションの大活躍ぶりに大喝采。スヴィリドフではしんみりセンチメンタルな曲想に感じ入り、ヴァイオリン・ソロがまた泣かせる。最後にはお約束のレズギンカ舞曲。超速テンポでリズムと色彩の雨あられ、名物スネアおやじアレクサンドル・サモイロフも大暴れです。これで会場中は興奮の坩堝に叩き込まれたのであった。
筆者はフェドセーエフの熱心な聴き手とは言えない。モスクワ放送響時代の来日公演にも接していない。フェドセーエフは在京オケへの客演で何回か聴いただけだ。それでも、今回のコンサートを聴いてみれば彼(ら)でしか味わえない独特の情感があまりに明確にあることに驚く。この指揮者も齢83、コントロール力は落ち、オケともども全盛期は過ぎ去ったとの声も聞く。いやいや、どうしてどうして。次回来日時も聴きに行こう。

藤原聡 Satoshi Fujiwara
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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