Concert Report #830

ハンブルク北ドイツ放送交響楽団 来日公演

2015年6月4日 サントリーホール
Reported by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
トーマス・ヘンゲルブロック(指揮)
アラベラ・美歩・シュタインバッハー(ヴァイオリン)

<曲目>
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
〜アラベラ・美歩・シュタインバッハーのアンコール〜
プロコフィエフ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 作品115〜第1楽章
マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」(交響形式による音詩「巨人」)
<アンコール>
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」〜第3幕への前奏曲

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2015年6月6日 愛知県芸術劇場コンサートホール

<演奏>同上

<曲目>
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
〜アラベラ・美歩・シュタインバッハーのアンコール〜
クライスラー:レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース 作品6
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92
<アンコール>
ブラームス:ハンガリー舞曲第5番

オーケストラとしては10度目、そして主席指揮者ヘンゲルブロックとは3年ぶり2度目の来日となるハンブルク北ドイツ放送交響楽団(以下NDR響)。その6月4日と6日の来日公演を聴いた(ここでは主に4日について触れる)。3年前にはこのコンビでブラームスの「交響曲第1番」を聴いたのだが、これが耳にしたことのないような極めてユニークな名演であったので今回もいやが上にも期待が高まるというものだ。
1曲目はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ソロはアラベラ・美歩・シュタインバッハー。とにかく破綻がない。よく練れた美音でていねいな表情付けを施し、技術的にも申し分ない。良くも悪くも“最大公約数的”な解釈である。ヘンゲルブロックのサポートはソリストにぴったりと付けており、細やかなダイナミクスの変化やソロと木管(クラリネットにはなんとカール・ライスター御大。あのしなやかな音と独特のボディアクションは健在!)のバランス、絡みに留意しているのが面白く、聴き慣れたこの曲から新たな面白さを引き出すことに成功している。要は、全体として聴かせる演奏になっているのはヘンゲルブロックの貢献するところ大、というわけである。しかし、選曲がメンデルスゾーンという暴れるにもなかなか暴れようのない曲であるのは承知ながら、両者とももう少し攻めた演奏を聴きたかったというのが偽らざる本音である。前半ではむしろアラベラのアンコールがすばらしい。プロコフィエフの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 作品115」の第1楽章。ここでのソロはさらに冴え渡っている。技術それ自体が内容に直結している近代レパートリーの方がもしかすると向いているのかも知れない。
後半にはマーラーの「巨人」。現行版ではなく「1893年ハンブルク稿」の新全集版による演奏であるが、やはりハンブルク稿を名乗っていた若杉弘&都響のフォンテック盤の楽譜とは違うという。旧ハンブルク稿は自筆譜に基づいているのだが、新全集版は自筆譜を原本としながらハンブルクのコピーイスト、フェルディナント・ヴァイディヒがおこした筆写譜とのことで、自筆譜の後にマーラーが実際の演奏に基づき行なった多数の修正があるという(以上はヘンゲルブロック&NDR響の新全集版ハンブルク稿「巨人」CDの木幡一誠氏による解説から。ちなみにこの解説には4種類存在する「巨人」スコアの異同、変遷についてかなり詳細な解説が載っており実に参考になる。余談ながら、来日プログラムには版違いの発生経緯、現行版や旧ハンブルク稿との具体的な相違点により踏み込んだ解説を記載した方が良かったのではないか)。
さて演奏であるが、現行版に慣れた耳にはそう聴こえてしまうということなのか、あるいはヘンゲルブロックの指向性―情念に流されない、マーラーの解体と再構築―のためか、はたまた強行軍のアジアツアーによる疲れのためなのか、あるいはその全てなのだろう、いささか生彩を欠いていた。全体に音が薄い。ダイナミックレンジが狭い。CDでもそういう印象はあったが、ここではオケのアンサンブルも万全ではなく、奏者のミスも散見される。筆者などはこの曲にカタルシスを求めてしまう口であるのでなんとなく不完全燃焼との感が拭えなかったが、しかし知的な意味での刺激と興味は大きく、旧ハンブルク版と新全集版、さらには最初期のブダペスト稿をも含めた比較なども行なってみたいとの好奇心が芽生えたのであった。
オケのアンコールはワーグナー「ローエングリン」から第3幕への前奏曲。明らかにオケのすばらしい鳴り方がそれまでと違うのだが、ということはやはり「巨人」では良くも悪くも抑制指向のヘンゲルブロックの意図が相当徹底されていたということであろう。「巨人」のための7本のホルンがそのまま残って吹いたけれども、トロンボーンも含めて豪壮でありながら柔らかな音色を誇る金管群、しなやかな弦楽器陣の惚れ惚れするフレージング、味わいある木管の音色・・・、これらが渾然一体となって現出した音世界は陶然とさせるほどのものだった。厳格で渋いヴァント時代のNDR響時代には考えにくいような音だったが、ここにこのオケの底力を聴く。ちなみにステージを見ればヴァント時代の名主席奏者の姿が何人も目に入り、いささかなりともヴァントに思い入れのある当方にしてみれば当然だけれど「ああ、NDR響だ」と思わせられる。ホルンの女性主席シュトレンカート、オーボエのファン・デア・メルヴェ、フルートのリッター、ティンパニのキュルリスなどなど…。
最後に6日の公演(名古屋)についてごく簡単に触れるが、前半の同じメンデルスゾーンは名古屋の方が良い演奏。4回の来日公演中名古屋でしかやらないベートーヴェンの「第7」が、部分的にはヘンゲルブロックらしさがあれども、この指揮者としては極めて当たり前の演奏に終始していた。冴えに冴えていた3年前のブラームスとは別人のように感じたのであるが、この辺りの“つかみどころのなさ”が謎の男、ヘンゲルブロック。これがあるからこそ、逆にまた聴こうという気にさせるのだ。

藤原聡 Satoshi Fujiwara
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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