Concert Report #831

ロバート・グラスパー・エクスペリメント

2015年6月5日ビルボードライブ東京 1st set
Reported by 徳永伸一郎(Shin-ichiro Tokunaga)
写真提供:ビルボードライブ東京(photographer: Masanori Naruse)

ロバート・グラスパー・エクスペリメント;
メンバー:
Robert Glasper(Piano, Keyboards)
Casey Benjamin(Saxophone, Vocoder, Synthesizer)
Earl Travis(Bass)
Mark Colenburg(Drums)

セットリスト:
Cherish the Day
How Much A Dollar Cost
Packed Like Sardines in a Crushed Tin Box
Gonna Be Alright
Smells Like Teen Spirit

本編を読み進める醍醐味は、むしろこの先にあるはずだ

 始めに断わっておくと、筆者は率直に言ってロバート・グラスパーの良きリスナーとは言い難い。熱心に追いかけていたわけではなくて、「話題のミュージシャン」としてチェックしてきた、というスタンスだ。生演奏に接するのも今回が初めて。無理やり関連付ければ、たまたま前日に行ったNobie(vo)のライブで、リオネル・ルエケの楽曲が演奏されたのだけど、ルエケの最新アルバム『Heritage』はグラスパーのプロデュースによるものだ。トニーニョ・オルタとの共演で知られるNobieはルエケ本人ともレコーディングを行っており(音源は現時点で未公表)、世界は案外、どこかで繋がっている。

 2度のグラミー受賞を経て、今や紛れもなくシーンの中心人物と目されるグラスパーだが、過去の多くの先駆者達がそうであったように、賛否両論に晒される。ベーシスト濱瀬元彦は、ラティーナ誌2015年2月号での菊地成孔との対談においてグラスパーの話題を振られると、以下のように辛辣な言葉を並べた。

「僕は全然だめですね。グラスパーは何枚か持っていますがいいと思えませんね。はっきり言ってここまで落ちてしまったかという感じです。」

対する菊地は、ただちには呼応せず慎重な姿勢を取りつつも、以下のように述べている。

「我々が聴いていいと思うかは別として、市場が活性化しているという意味では、トリックスターという意味もありますけどグラスパーとかが出てきて……それまではジャジー・ヒップホップといってヒップホップ側がジャズを真似するだけだったんですけど、あるいはジャズミュージシャンがヒップホップやってもファンクにしからならないという状況を、もうちょっと変えたということで大騒ぎになってる。」

 本稿ではこういった主張の是非に踏み込むことは避けるが、四半世紀も前から様々な形で“リズムの実験”を実践してきた彼らの言葉は軽くない。個人的にも90年代から2000年代前半にかけて、ティポグラフィカ、東京ザヴィヌルバッハ、スパンク・ハッピー、デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデン(現dCprG)といった、菊地が参加・主宰する刺激的なユニットのライブに足繁く通った。あの頃、日本のジャズ・ジャーナリズムは何をやっていたのだろう?「ジャズミュージシャンがジャズではない変わったことをやっている」という、傍観者的な向き合い方に終始していたのではないか。当時の自分の心情を振り返ると、グラスパーを批判する“旧世代”に反発する現代の若いジャズファンの苛立ちにも通じるものがあったように思われる。

 前置きが長くなった。本題に戻ろう。ロバート・グラスパー・エクスペリメント東京公演の最終日、1st setをビルボードライブ東京で聴いた。さすがの人気で、平日の1st setとはいえ案内された席は下手側の最後方。高低差が大きい独特の構造を持つこの会場では、ステージを遥か眼下に見下ろすことになる。ステージ上手側に位置するグラスパーの手元はほとんど見えないが、幸いなことに下手側に置かれたマイク・コレンバーグのドラムセットは端々まで視野に入り、この誰もが認めるバンドのキーマンをじっくり観察するには絶好のポジションだった。

 1曲目「Cherish the Day」の冒頭でグラスパーが奏でるキーボードのシンプルなシーケンスに対し、コレンバーグはいきなりポリリズム的なビートで切り込む。アルバム『Black Radio』とは明らかに異なるテイストの演奏だ。人力によるリズムの細分化という意味では前任のクリス・デイヴに通じるものがあるが、アプローチの違いははっきりしている。いわゆる“千手観音”的に手数の多さを見せつける(どちらかと言えばクリス・デイヴにはその傾向があっただろう)のではなく、たとえばバスドラと左手のスネアで基本的なビートを刻みつつ、右手が自由自在に暴れるといった具合。役割の異なる二人のドラマー、あるいは「リズム・マシン+生身のドラマー」を一人でこなしている印象だ。

 演奏はほぼ切れ目なく続き、ケンドリック・ラマーの「How Much A Dollar Cost」に続いてレディオヘッドのカバー「Packed Like Sardines in a Crushed Tin Box」へ。電子音によるリズムが印象的なオリジナルに対し、生のドラムによってロック側に引き戻されたようなサウンドが興味深い。一方でグラスパーは、ここぞとばかりにアコースティック・ピアノによるソロを弾きまくる。やはり圧巻の技量だ。しかし結局、グラスパーのソロが炸裂した場面はここだけ。ソロで自己主張する必要はない、という態度は徹底している。

 続く「Gonna Be Alright」では、「ブラックレディオ」におけるレデシー(Ledisi)のボーカルがケイシー・ベンジャミンのボコーダーに置き換えられる。実のところライブ中は、いくらベンジャミンのボコーダーが強力だといっても生身のボーカルの“代用品”ではつまらないな、と思いながら聴いていたのだけれど、後から反芻しているうちに、そういった見方は必ずしも正当ではない、と思うに至った。豪華ゲスト陣によるボーカルは、アルバムでは重要な役割を担っていたが、ライブ演奏において本質的な要素ではないのだろう。従来のヒップホップなら当然のように導入されていた打ち込みを使わず、ゲストも入れずに、この4人のメンバーで行う演奏の中にこそ、グラスパーが本来目指しているものがあるのだ。

 ラストはニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」。人気曲だけに、客席も熱を帯びる。メンバー紹介ではコレンバーグのところで一際大きな喝采がおこり、人気の高さが窺えた。アンコールはなく、あっさり終わってしまったが、濃密な1時間。機械化されたヒップホップにR&Bの身体性を取り戻す作業は、完成の域に達した。さて、次はどこへ向かうのか。“New Chapter”のページは確かに開かれた。しかし本編を読み進める醍醐味は、むしろこの先にあるはずだ。(徳永伸一郎)

徳永伸一郎 Shin-ichiro Tokunaga
90年代後半からクラシックギター専門誌「現代ギター」に執筆を開始。現在は同誌と「Latina」誌に定期的に執筆。2002年以降、いくつかのCD、コンサートの企画制作も手掛ける。ギターが好きで、あらゆるジャンルのギタリストを聴くうちに、興味はジャズや中南米音楽へ。本業は理系の大学教員。

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