Concert Report #835

横須賀芸術劇場リサイタル・シリーズ43〜竹澤恭子 堤剛 児玉桃

2015年6月14日(日)15:00 横須賀芸術劇場
竹澤恭子(vn) 堤 剛(vc) 児玉 桃(pf)

Yokosuka Arts Theatre Recital Series 43
June 14 (Sun), 2015 15:00 Yokosuka Arts Theater
Kyoko Takezawa(vn) Tsuyoshi Tsutsumi(vc) Momo Kodama(pf)
Text by Hideo Kanno 神野秀雄
Photo courtesy of Yokosuka Arts Theatre 写真提供 横須賀芸術劇場

J. S. バッハ: 無伴奏チェロ組曲 第3番より BWV1009
 プレリュード、サラバンド、ブーレ、ジーグ
J.S. Bach: Suite or unaccompanied cello No. 3 in C major, BWV 1009
Prelude, Sarabande, Bourree, Gigue

モーリス・ラヴェル:「鏡」より
 悲しげな鳥たち、道化師の朝の歌
Maurice Ravel: Miroirs
 Oiseaux tristes, Alborada del gracioso

モーリス・ラヴェル: ヴァイオリン・ソナタ ト長調
Maurice Ravel: Violin Sonata No. 2 in G major M.77
1. Allegretto
2. Blues. Moderato
3. Perpetuum mobile. Allegro

チャイコフスキー ピアノ三重奏曲 第1番 イ短調 Op. 50
「偉大な芸術家の思い出に」

Pyotr Ilyich Tchaikovsky: Trio for Violin, Cello and Piano in A minor, Op. 50
“In Memory of great Artist”
1. Pezzo elegiaco - Moderato assai - Allegro giusto
2a. Tema con variazioni: Andante con moto
2b. Variazione Finale e coda: Allegro risoluto e con fuoco - Andante con moto


横須賀芸術劇場は、旧日本海軍下士官兵集会所、後に戦後日本ジャズの発祥の地の一つとなったアメリカ海軍EMクラブの跡地に1994年に建てられた。近くには、空母のような外観のヘリコプター護衛艦「いずも」もいれば、原子炉を積んだ潜水艦もいるし、不思議な距離感と空気の中にはあるけれど、江戸末期から今に至るまで海外に向いて来た入り江であり、クラシックやジャズにもエネルギーを与えてくれる特別な空間と思うと心地よい。横須賀芸術文化財団が市民に良質で幅広い音楽を気軽に楽しんでもらおうと努力していて、最高の室内楽を届けようと企画されたのがこのコンサートだ。6月6日〜22日にサントリーホールで館長の堤剛ディレクションのもとで開催された「サントリーホール・チェンバーミュージックガーデン」と時期を同じくし、そのエッセンスを魅せるコンサートとなっている。これが2,600円からとは横須賀市民が羨ましい。休憩中に聴こえてくる会話からも日頃は熱心なクラシックファンでもない方々や、中高生が気軽に休日の音楽のひとときをたのしんでいることが分かる。それは音楽の庭を耕し、新しい芽が吹き、花開いていくという「ミュージックガーデン」の理念にも通じるものだ。

いきなり大御所の堤からコンサートが始まる。バッハは6曲の無伴奏チェロソナタを書いているが、それまで単旋律楽器であったチェロにあって、多声の対位法が聴こえる新しい音楽の宇宙を創り出した歴史的なプロジェクトであり、その中でも第3番は快活さと明るさをみせる作品。堤のふくよかな音が優しく響く。高さのある空間にあってもその気は分散することなく観客を包み込むところに巨匠の力を見る。

続いて、児玉のピアノソロ。初ECM録音『Momo Kodama / La vallée des cloches』(ECM NS2343)から、ラヴェル<鏡>をコンサートホールで聴く貴重な機会。第2曲<悲しげな鳥たち>は「夏の最も暑い時間に暗い森で参っている鳥たち」の描写だという。第4曲<道化師の朝の歌>ではスペイン的なリズムに始まり、後半では快活さと不安が交互に現れるように道化師の心を表現する。児玉のフランス近代曲における表現力には圧倒される。ピアノからラヴェルの美しい音響が出力されるが、鍵盤に対する児玉の入力は非常に絶妙で、素人目に直感的なものではなく、経験の中で掴み、計算され、今では無意識にできていると思うが、ピアノに対する細やかな刺激、操作の総和が音響になる。フーリエ級数を見るよう、、と連想しつつ物理的正確さで書けないので以下略。なお、児玉桃によると、最近、パリ郊外のラヴェルが1921〜1937年に暮らした家、そのラヴェルのピアノで<道化師の朝の歌>を弾いたといいその音を聴いてみたかった。ともあれ、マンフレート・アイヒャーを魅了し、世界で絶讃されたCD『鐘の谷』の生音は本当に素晴らしいものだった。

ラヴェル<ヴァイオリン・ソナタ ト長調>は、6月12日サントリーホールで竹澤と児玉桃の演奏で初めて聴いたばかりで、もう一度聴きたいと思っていたら今回の横須賀公演を見つけた次第。ラヴェルが後期の1923〜27年に作曲。第1楽章はパーカッシブなピアノとヴァイオリンが一見バラバラに対比的に動き収束し解決しその繰り返しで動く中で響き合う。ラヴェルの空間設計の妙とそれに応える二人。第2楽章は特にジャズやブルースに影響を受けて書いたものだが、そのテイストを下手に模倣するのではなく、ラヴェルが脳内で分解して再構築した不思議なブルースが、ベンドとグリッサンドを多用した竹澤の伸びやかなヴァイオリン。二人の持つフランス的な空気感に裏打ちされて豊かに歌い上げられるのを聴くのは幸せだった。第3楽章ではヴァイオリンの技巧的なフレーズの連続と、それをゆったりとした流れで支えるピアノ。全体にヴァイオリンとピアノが対比的に動く中で響き合い、斬新さと古典的な空気を行き交う。それだけに竹澤が低音から高次倍音域まで豊かに繊細に鳴らすストラディヴァリウス、児玉の魔法の響きとリズムを持つピアノだからこそ成立する曲であり、二人の演奏でこの曲に出会った幸運に感謝したい。

チャイコフスキーの<ピアノ三重奏曲イ短調>は、6月6日に「サントリーホール チェンバーミュージックガーデン・オープニング 堤剛プロデュース2015」の冒頭でも演奏されており、その最重要曲を横須賀で再演したと見ることができる。1981年に友人のピアニスト、モスクワ音楽院の創立者であるニコライ・ルビンシテインがパリで客死。チャイコフスキーは、恩人の追悼にピアノ、ヴァイオリン、チェロの三重奏曲を着想し、1881〜82年に作曲された。とてつもなく深い哀しみと、生きることの歓びと賛美が交互に表現される。第2楽章第2部は明るく始まるが、第1楽章主題が反復される中、やがて崩れるように葬送行進曲風に沈み悲痛な慟哭のうちに曲が終わる。この三重奏というコンパクトなフォーマットに詰め込まれたシンフォニックで壮大な世界観の表現には高度な演奏技法が要求されるが、3人のヴァーチュオーゾによってその表現が極限まで深められ高められる。悲痛なエンディングにもかかわらず、心は優しさと安らぎに満たされた。

【関連リンク】
公演情報
http://www.yokosuka-arts.or.jp/kouen/1706140/
児玉桃 オフィシャルウェブサイト
http://momokodama.com
竹澤恭子 オフィシャルウェブサイト
http://www.kyokotakezawa.com
堤剛プロフィール (KAJIMOTO)
http://www.kajimotomusic.com/jp/artists/k=88/

【JT関連リンク】
『児玉 桃/鐘の谷〜ラヴェル、武満、メシアン:ピアノ作品集』
http://www.jazztokyo.com/five/five1043.html
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2015 - PASSIONS 恋と祈りといのちの音楽
http://www.jazztokyo.com/live_report/report817.html
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2014 祝祭の日 (後編)
http://www.jazztokyo.com/live_report/report691.html

©Hideo Kanno

神野秀雄 Hideo Kanno
福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

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