Live Report #836

藤井郷子 3DAYS@新宿 Pit Inn

2015年6月23~25日
Reported by 悠 雅彦 Masahiko Yuh

● 6月23日 藤井郷子オーケストラ東京
 早坂紗知(as,ss) 泉邦宏(as) 松本健一(ts) 木村昌哉(ts) 吉田隆一(bs) RIO(bs)
 田村夏樹 渡辺隆雄 城谷雄策(tp) はぐれ雲永松 高橋保行 古池寿浩(tb) 藤井郷子(p,composer, leader) 永田利樹(b) 堀越彰(ds)
 photo by Takao Watanabe



● 6月24日 藤吉(藤井郷子&吉田達也)/田村夏樹 加藤崇之 藤井郷子 井谷享志

● 6月25日 1st set:Gato Libre :田村夏樹(tp) 金子泰子(tb) 藤井郷子(accordion) 2nd set:Tobira~one : 田村夏樹(tp) 藤井郷子(p) 井谷享志(ds)
photo by Kanji Suzuki (Pit Inn)

藤井郷子・田村夏樹夫妻のライヴを聴くのは久しぶり。米国での演奏旅行から帰国したばかりとは思えない、いつに変わらぬフォルテの爆発と異界の懐かしき匂い。この藤井・田村の演奏の在りよう、聴き手に対するアプローチ、自分たちの音楽の独特な(独自の、というべきか)プロモーションには、初めて遭遇した時は驚き、片やあきれたものだったが、慣れっこになった今では驚くことはなくなった。というより、あれが藤井・田村の当たり前のやり方だとやっと分かったのだ。実際、この「藤井郷子 3DAYS」に先んじて夫妻はKAZEの『UMINARI』、藤井郷子ニュー・トリオに田村夏樹を加えたトビラの新作『ヤミヨニカラス』、藤井郷子オーケストラベルリン『一期一会』という3種の新作CDを世に送り出した。以前なら当たり前に喫驚しただろうが、これが彼らの常套方式だと分かっている今では彼らの健在を確認する拠り所となっている。つまり、相も変わらず人が驚く顔を見たがっている夫妻の突拍子のなさは依然健在だったのだ。ちょっと心配なのは彼らの野外的スピリットがややおとなしくなったことだろうか。
今回は藤井郷子の活動グループの中では最も親近感が強いオーケストラ東京をお目当てにピットインへ足を運んだのだが、いざ演奏に触れてみると、まず事前に耳を通していたオーケストラベルリンとの違いの大きさに思わず考え込んだ。ビッグバンド様式、いやスコアを介してのオーケストラ演奏に対する演奏家の態度(取り組み方、プレイヤーとしてのコンセプト)の違いが、音楽的質の違いとなって立ち現れるのだ。国や地域、歴史や環境の違いが、同じスコアにもかかわらず鮮明かつドラスティックに現れる面白さ。その上当夜は、バリトン・サックスが2人。1人が吉田隆一で、もう1人が何とTRESのRIO。
むろんオーケストラにはRIO の両親である永田利樹と早坂紗知がいる。だがそんなことはどこ吹く風とばかり、RIO は吉田をも向こうに回して堂々とブローして場をエキサイトさせるプレイを披露した。これが当夜の収穫というのか、当夜の新鮮な聴きものだったことは間違いない。
25日のガトー・リブレ。ここでは藤井郷子はアコーディオン奏者となって後ろに回る。フロントは田村夏樹とトロンボーンの金子泰子、もう1人がギターの津村和彦。ところがギターはステージで主を待っているのに、肝腎の主がどこにもいない。私は迂闊にもまったく知らなかったのだが、津村は6日前の6月17日に癌のため急逝したのだった。1957年生まれの彼は58歳の働き盛りだった。蜂谷真紀がブログに茫然自失のていで悲痛の思いをしるしている。「会場に津村さんのギターが満ち輝いていました。典子さん(津村夫人)が渾身の歌で見送りました」。そう、典子夫人が Gato Libre の演奏に続いて、メンバーに促されながらマイクの前に立ったのだ。そしてまず、故チャーリー・ヘイデンの子息が歌詞を書いたという「Believe Be Left Below」。2008年6月に亡くなったエスビヨルン・スヴェンソン(スウェーデンの有能なジャズ・トリオ、ESTのピアニスト)の独特の叙情性を印象づける佳曲。最初のフレーズを歌い出した瞬間、この人は恐らくシンガーとして活動した経験を持つ人だと確信した。それは、次のチャップリン曲「Smile」で一層はっきりした。彼女も度胸が据わったのだろう。特に「スマイル」のセカンド・コーラスのフレージングからほとばしったのは、まさにプロの歌手並みの気丈な気構え。それはプロの歌手が持つ気骨のあるフレージング。つまり、鈴木典子というシンガーが、この夜を境に歩き出すかもしれないし、藤井郷子はガトー・リブレで共演していた津村和彦のよき女房役を守り立てる役回りに徹しようとしていたのかもしれない。蜂谷真紀が綴っているように、典子さんは渾身の歌で津村を見送ったのだろう。
次のセットはTobira-one。藤井郷子ピアノ・トリオとして誕生したはずのこのグループは当夜、ベースのトッド・ニコルソンが帰米したため、幕開けはベースレスの、藤井と井谷享志(ds)の格闘デュオ。これがなかなかの聴きものだった。井谷がすべてをわきまえたドラマーとして成長しているので、藤井はベースがいようがいまいが持前の闘志あふれる演奏で挑発し、井谷が気丈に応えてみせた。今度発売した新作では田村夏樹が参加しており、田村を加えた味のある演奏で藤井郷子の<3Days>は幕を下ろした。(悠 雅彦)

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

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