Live Report #839

ジョー・パワーズ‐青木菜穂子 "Jacaranda en flor" 発売記念ライブ in Cafe´ Beulmans

2015年5月23日 cafe Beulmans
Reported by 近藤秀秋 (Hideaki Kondo)
Photo by 吉岡剛秀 (Takehide Yoshioka)

 

東京の成城は商店街が狭く、歩くとすぐに住宅街に入り込んでしまうのだが、住宅街に音楽サロンや画廊が随分と潜んでいて、歩いているだけで楽しい。Cafe Beulmans は、成城の商店街と住宅街の境界にある小さな音楽喫茶。アンティーク調のインテリアで統一された居心地よい落ち着いたスペースで、バーカウンターの上にはECMのCDが並び、店の外には人選に優れるライブのポスターが貼られている。毎日ではないが、ジャンル問わず日本人の優秀なプレイヤーのライブが行われている。今年(2015年)の5月23日は、アルゼンチン音楽が演奏された。ひと月ほど前にCDを発表したジョー・パワーズ(ハーモニカ)と青木菜穂子(ピアノ/作編曲)のCD発売記念ライブの初日だった。

Jacaranda en flor 1

アルゼンチンの音楽といって真っ先に思い浮かぶのはタンゴだろう。私もそのひとりで、学生の頃にアストル・ピアソラを聴いてのめり込み、遡る形でカルロス・ガルデルやフランシスコ・カナロなどの音源を聴き漁った。こうした私のタンゴ遍歴は、日本のタンゴ受容史と重なる。日本でのタンゴは昔に流行した音楽で、次のピークは80年代のピアソラブームになる。ピアソラブームは、タンゴの内側のみならず、ジャズファンや他ジャンルのプレイヤーなども惹きつけた。この時期の日本における最大の立役者は小松亮太だろうが、これに優秀な若手タンゴ・プレイヤー達が続いた事で、このシーンの音楽が深化する最大の要因となった。バンドネオンの北村聡、ヴァイオリンの喜多直毅や会田桃子、そしてこの公演の主役のひとりである青木菜穂子…彼らの多くは日本で専門の音楽教育を受け、その後にアルゼンチンに渡ってモダン・タンゴを直接吸収した。これらピアソラブームの産み落とした日本の優秀なプレイヤーたちが、いま円熟期を迎え、エピゴーネンを過ぎてオリジナルな音楽に到達しようとしている。

青木菜穂子は、音大卒業後にアルゼンチンに飛び、ニコラス・レデスマ直々にタンゴを学んだピアニスト/作編曲家。アルゼンチン市立タンゴ楽団「オルケスタ・エスクエラ・デ・タンゴ」でもピアノを務めるほど、若い頃から実力を認められていた、現在の日本のタンゴシーン屈指のピアニストである。しかし、学究の徒としての彼女にはもうひとつの顔がある。彼女は何度も渡亜しながら、モダン・フォルクローレも追及していた。アルゼンチンに飛んでリリアン・サバに学んだ日本人は、彼女ぐらいではないだろうか。そしてこのライブは、タンゴ奏者として認知されていた彼女が、はじめてモダン・フォルクローレとタンゴ、そしてそこから多大な影響を受けながらそれを乗り越えた自身のオリジナル作を収録した、彼女にとって、また日本のタンゴ/アルゼンチン音楽シーンにとっても大きな転換点となるであろう作品の、はじめてのライブ・パフォーマンスだった。

Jacaranda en flor 2

パフォーマンスのクオリティは、日本のタンゴ音楽祭で彼女の名を見ない事がないというほどの実績からしても、推して知るべきだろう。タンゴ演奏に於ける強靭な響きは、その細い腕からは想像もできないほどの迫力に溢れる。特に、ピアソラが亡き父に捧げた曲「アディオス・ノニーノ」の独特のアレンジとその演奏は出色だった。しかし、彼女がプレイヤーではなくアーティストたりえたのは、そこから先の踏み込み故であったように思う。タンゴやモダン・フォルクローレを並置しながら、その先の音楽を青木は構想し、書き、演奏に挑んだ。アルゼンチン・サンバ(ブラジルのサンバとは違う、3拍子系のリズムを持つ曲想)、ウルグアイ・カンドンベ…多彩なリズムフィギュアとモダン・ジャズ通過後の多彩なサウンドカラーと多彩なリズムを纏いながら、繊細に音が紡がれる。美しい響きに身を任せているだけだと聴き逃してしまいそうだが、その響きの背景にあった音楽の情報量、またこういう音楽を実現しようとする情熱に感銘を受けた。

ミュージシャンの立場から音楽を見つめると、リスナーからは見えにくい局面がある事に気づく。超克する対象としての音楽などは、そのひとつだろう。現在の在野の音楽が共通に持つ課題のひとつは、異なる価値基準を持つ多様な音楽に対してどのような価値基準を立てうるか、こうしたポストモダン期特有の乗り越えではないだろうか。この同一局面は、その自覚的な最初の挑戦から半世紀以上が経過した今でも、乗り越えられずにいる。タンゴバンドを解散して次のステップに踏み込んだヴァイオリンの喜多直毅は、昨年『WINTER IN A VISION』という驚異の音楽を創り出した。そして今年、青木菜穂子はタンゴやモダン・フォルクローレを超克しながら独自の音楽に踏み込もうとしている。ピアソラブーム以降の日本におけるタンゴシーンでは、プレイヤーが学習期を過ぎ、いよいよ音楽の重要な局面に踏み込み始めているように思う。

近藤秀秋 Hideaki Kondo
ギター/琵琶奏者、音楽ディレクター、録音エンジニア、ビショップレコーズ主宰、即興音楽アンサンブル「Experimental improvisers' association of Japan」リーダー。主な作品としてCD『アジール』(PSF Records, PSFD-210)、近日中に書籍『音楽の原理』(アルテスパブリッシング)刊行予定。

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