Live Report #844 |
スティーヴ・キューン、スティーヴ・スワロー、ジョーイ・バロン |
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驚かされた「音量バランスの妙」
ニューヨークの名門ジャズクラブ「バードランド」は1949年創業だが何度か移転しているため、建物からジャズの歴史をずっしり感じるというわけでもない。現在はタイムズスクエアに近い8th Av & 44th Stで、イリジウムとならんでミッドタウンから徒歩でアクセスしやすいクラブのひとつであり、空間が広々していて、視界の制限も少なくどの席からも見やすいのも魅力だ。スティーヴ・キューン・トリオの最終日、土曜23時からのセカンドセットなのでほどよい混み具合でゆったりした空気の中、マイルス・デイヴィスの<Four>から演奏が始まる。「マイルスの原曲はカルテットだったからFourだけど、3人でもやります。」と<いっぽんでもにんじん>みたいなゆるいMCで進行する。
スティーヴ・キューンは1938年生まれの77歳。スティーヴ・スワローが1940年生まれの75歳、2人の中で若手の印象があったジョーイ・バロンは1955年生まれの60歳。ステレオタイプにいえば「往年のミュージシャンによる円熟のピアノトリオ」と言えるし、実際、2015年5月6日にウィーン・ポーギー&ベスで聴いた、バスター・ウィリアムス&ビリー・ドラムンドによるトリオではよい意味でその印象を持った。
今回のトリオがニューヨーク・アヴァタースタジオで『Wisteria』(ECM2257)を録音したのは2011年9月のこと。単に「円熟のピアノトリオ」をマンフレート・アイヒャーが必ずしも録音したいとは思わないだろう。録音したいならその違いは何か (もちろん営業・財務上の理由もあるだろうけど)。
とにかくこのトリオライブで驚かされたことは、「音量バランスの妙」に尽きる。それぞれの繊細な演奏とインタープレイはもちろんなのだが、音量バランスが常に最適であるために、それがどこまでも深まる。銀座アップルストアで亡くなる直前91歳のハンク・ジョーンズのワークショップがあり、「ピアノトリオに大切なことは何か」という類いの質問に、言い方を変えながら「ドラマーの音量」「ドラムがうるさくないこと」とひたすら強調していた。そのときは、なんだかなーと思ったが、次第にその重要性がわかってきた。実際、名トリオでもそうではないことも多い。
半世紀にわたって音楽的な交流を続けてきたスティーヴ・キューンとスティーヴ・スワローの二人の巨匠の気心の知れた繊細なプレイを受け止めながら、そのバランスをとり高めていたのはジョーイだった。先日亡くなったジョン・テイラー・トリオも含め優れたピアノトリオを支えてきたが、そういえば、ジム・ホール、ビル・フリーゼル、ジョン・アバークロンビーとギタリストに愛されているのも特筆すべきだろう。いずれにせよジョーイは現在のジャズシーンに欠かせない最高のドラマーの一人であることを実感する。
『Wisteria』からは、スティーヴ・キューンの<Chalet>、スティーヴ・スワローの<Good Lookin' Rookie>が演奏された。ラヴェルの<Pavane>では、原曲の雰囲気を活かしながらもセンチメンタルに流されることのないクールな心地よいグルーヴを聴かせる。確か<シェルブールの雨傘>だったと思うが、スティーヴ・キューンの弾き語り。マイクスタンドもなく、MCマイクを片手で持って歌う姿はちょっとユーモラスでもある。
終演後も3人ともステージ横でゆったりとした時間を過ごしていた。3人と手短に話すことができたが、いずれも謙虚で穏やかに応えてくれた。大好きなベーシストであり、作曲家としても深く尊敬するスティーヴ・スワローと初めて挨拶ができたことも嬉しかった。スティーヴ・キューンとスティーヴ・スワローは翌日からヨーロッパツアーに出かけるという。
ライブ中、3人は終始笑いを交わし合い、その暖かい空気が客席に伝わる。鋭い感性を秘めながら調和のとれた暖かみのある演奏、それでいて緊張感や統一感が失速することなく持続する、この3人のつくる特別な時間。極上のピアノトリオを心から楽しんだ一夜となった。
Wisteria (ECM2257)
【関連リンク】
Steve Kuhn official website
http://stevekuhnmusic.com
Birdland website
http://www.birdlandjazz.com/event/870985-steve-kuhn-trio-steve-swallow-new-york
Wisteria (ECM2257) - ECM Player
http://player.ecmrecords.com/kuhn-wisteria
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