Concert Report #847

パット・メセニー/デトロイト・ジャズ・フェスティバル 2015

Pat Metheny at Detroit Jazz Festival 2015 2015.9.4 19:00 - 9.7 21:30, Detroit, U.S.A.
text & photo by Takahiro Suzuki 鈴木貴浩


米国の労働記念日(Labor Day)を含む週末に開催されるデトロイト・ジャズ・フェスティバル(DJF)は、米国ゼネラル・モーター社のお膝元デトロイトのダウンタウンにて行われる、アメリカ、いや世界最大の無料ジャズフェスティバルである。36回を迎えた今年は9/4夜〜9/7夜に開催され、4会場で75分×60ステージ、1会場で15のJazz Talk Tent、そして9/4-6の深夜には、終演後オフィシャル・ホテルでジャム・セッションが繰り広げられた。
参加アーティストはRon Carter, Richard Bona, Dave Douglas, Paquito D’Rivera, Kenny Garrett, Charlie Haden, Arturo Sandoval, Maria Schneider, Gordon Goodwin, Christian Scott, John Scofield, Gary Burton, そしてPat Metheny 等々、世界最大を謳うに恥じない錚々たるものである。さらに驚くべきは、これだけの規模、これだけのアーティストを擁していながら“無料"なのである。ジャズ大国アメリカの懐を深さを感じた。
イベントの詳細はウェブサイトhttp://www.detroitjazzfest.com/で是非ご確認いただきたい。

今回の目玉は、なんと言っても20のグラミー賞受賞歴をもつギタリストPat Methenyがフィーチャーした”Artist-in-Residence”であろう。このDJFのために4つのプログラムが彼によって準備された。
・Pat Metheny Trio with Antonio Sanchez, Scott Colley & special guest Kenny Garrett
・Pat Metheny acoustic duo with Ron Carter
・Pat Metheny Reunion with Gary Burton Quartet
・Pat Metheny, Scott Colley, Antonio Sanchez, and Danny Gottlieb with the Detroit Jazz Festival Big Band and String Orchestra,Conducted by Alan Broadbent, perform new works including the North American premiere of Metheny’s multi-movement/multi-media tribute to Eberhard Weber. Patが18歳の時に加入を懇願して以来、1998年の『Like Minds』(Chick Coreaも参加)をはじめ、直近では(後述する)『Hommage A Eberhard Weber』まで約40年にわたり機会あるごとに共演してきたGary Burton Quartetとのステージを是非生で聴きたかったのだが、諸事情により断念。この記事を書いている今も悔しさが込み上げて来るので、話を移そう。

パット・メセニー & ロン・カーター・デュオ
Pat Metheny and Ron Carter Duo
2015.9.6 17:15 Wayne State University Pyramid Stage

レジェンドRon CarterとのDuoは、本当に素晴らしかった。
RonがどのようにPatの奏でるメロディを支えるのか、、、と思いきや、そんな浅はかな期待は見事に裏切られた。Patの奏でる美しいメロディを、Ronが美しくも力強いカウンターメロディで艶やかに彩っていく。。。もちろん互いがメロディからバッキングにまわるという場面は多々あるわけだが、この主副交代への過程が恐ろしくスムースで、フレーズの流れの中でごく自然に換わって行くのである。なかでも<A Child Is Born>がそういった意味でも心に残った。
このDuoステージを通して、どちらともなく弾き始めた曲をクリエイトしていっているのでは?と思うほどにリラックスした雰囲気で、なんとも心地よいひと時であった。まさに“Artist-in-Residence”な極上の空間であった。


パット・メセニー〜<Hommage>北米プレミア
Pat Metheny - The North America premiere of Metheny’s“Hommage”
2015.9.7 19:30 Carhartt Amphitheater Stage

Timeline
Hommage

Last Train Home
Farmer's Trust
Song for Bilbao

First Song
Medley (Acoustic guitar solo)

そして今回の目玉中の目玉は、なんと言っても、ECMサウンドを代表するベーシスト、Eberhard Weberに捧げた<Hommage>の北米プレミア・ステージである。
Eberhard WeberはECMから1973年に初リーダー作を発表して以来14枚のリーダー作を残している。2007年に脳梗塞に倒れベースを弾くことができなくなったが、今年彼の出身地であるドイツ・バーデン・ヴェルテンベルク州から「特別功労賞ジャズ賞」を受賞することになった。授賞式は2015年1月23-24日に、75歳祝賀記念コンサートと併せて開催された。このときに、PatがEberhardにプレゼントした曲が<Hommage>なのである。Eberhardの過去の演奏/VTRから切り出された美しいメロディとベースラインに乗せ、Patならではの壮大な世界観をビッグバンド・サウンドで表現した大作である。この祝賀コンサートのレポートは本誌#782、<Hommage>に関する記事は本誌Five by Five#1250をご参照いただきたい。<Hommage>はこの2015年1月が初演であり、Eberhardの故郷での欧州プレミアであった。

今回はPatの母国アメリカでのプレミアである。メンバーは欧州プレミアと同じく、Gary Burton(vib), Scott Colley(b), Antonio Sanchez,Danny Gottlieb(ds)。ビッグバンドはこのために集められたスペシャルバンド(ビッグバンドとストリングス・オーケストラの2バンド)、指揮はAlan Broadbentである。
ステージは当初18:45〜の予定であったが、当日になって開演時間が急遽19:30に変更された。
これは、他の会場での演奏時間との被りを避けたもので、この変更によって、他の会場に集まっていた人全てが、この北米プレミアに立ち会うことができるようになったのである。運営サイドの配慮であろうし、Patの自信と意気込みの表れでもあろう。かくして、<Hommage>北米プレミアは、世界最大のジャズフェスのグランドフィナーレを飾るにふさわしいものになったのである。

ステージ上には、下手にストリングス・オーケストラ、上手にビッグバンドが陣取り、中央にリズム隊が陣取る。はじめはもしかしたら<Hommage>もビッグバンド+ストリングス・オーケストラでのプレミアかと思ったのだが、さすがにそれはなかったようで。。。

満場の(というより聴衆で溢れかえった)ステージは、Patのカデンツァ・ソロで始まった。
<Time Line>。短めのソロはカデンツァからイン・テンポに変わり、ドラムのフィルをきっかけにビッグバンドがなだれ込み一気に華やかさを増す。派手さはないがタイトなサウンドのバンドが、Patの流れるようなソロを引き立たせる。力強く派手なラストでオープニングを飾った。長年ビッグバンドでリードTpをやっていた身としては結構きついラストにちょっと鳥肌が立ったが、会場もすでにボルテージが上がりまくっている。もう1〜2曲挟んで<Hommage>かなと思いきや、2曲目にして早くも<Hommage>!!
ステージ後方にセットされた巨大なスクリーンに、ベースを弾くEberhardの姿が映し出され、流麗だがどこか憂いを感じる彼のベースがスピーカーから発せられる。それにインプロバイズされたPatのギターが絡みあう。Garyのヴィブラホンは、Eberhardの復帰を願うかのように繊細かつ力強くベースに寄り添う。そこにビッグバンドが彩りを加えて行き、次第に緊張感を高めながら曲は進んでいく。Patの中の音世界はどこまで広いのであろうか?Patとビッグバンド、そしてEberhard(のVTR)が絶妙に、正に一体となって織り成す音の波が、時に静かに、時にやさしく、時に激しく、われわれを包み込んでいく。ラストは、Patとバンド、そしてEberhardがエンディングに向け、互いに収束して行く。
さながら、一点の光が差すはるか上方の扉に向かい、一歩一歩階段を上って行くかのごとく。
一瞬の静寂の後、大きな拍手と歓声がステージを包む。鳴り止まぬスタンディング・オベイション。
PatやGary,メンバーそして素晴らしい指揮を務めたAlanが満面の笑みでこれに応えた。

ここからはストリングス・オーケストラとのステージ。このステージのために新たにアレンジされたものらしい。このオケのリズムには、引き続きScottとDannyが入る。軽快なリズムに乗って<Last Train Home> (Still Life,1987)がはじまった。さすがに同属楽器によるアンサンブルは心地がよい。シンプルなバラード<Farmer`s Trust>(Travels,1982)、ラストは軽快にSong for Bibao(Travels,1982)。満場の拍手に包まれる中、満面の笑みと共に、アンコールに応える。アンコールは<First Song>(Beyond the Missouri Sky,1997)。Alan Broadbentの素晴らしいアレンジと、Patの奏でる美しい旋律が心に染みる。郷愁を誘われ、涙が頬をつたった。

鳴り止まぬ拍手にMCも一旦下がり、再びPatが登場、ダブル・アンコールに応える。会場のボルテージは最高潮に。アコースティック・ソロによる<Medley>。熱狂した会場をやさしくクールダウンさせるかのように、音が紡がれていく。
まさに至福の時間であった。

こうして、4日間にわたる世界最大のジャズフェスは幕を閉じたのである。
正直、デトロイトという街は治安が良い訳では決してない。私が初参戦を暫く躊躇したのも事実である。しかし、それを押して余りある大きな魅力がこのデトロイト・ジャズ・フェスティバルには存在した。人気のある時間と場所なら危険なこともなかった。2016年は9月2日〜9月5日の開催が決まっている。来年はどんな感動が待っているのであろうか。今から楽しみで仕方ない。

余談になるが、9/27には、横浜赤レンガ・パークで行われるブルーノート・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパンにおいて、エリック・ミヤシロ率いるブルーノート・東京・オールスター・ジャズ・オーケストラとの共演にてジャパン・プレミアが行われた。アメリカ在住の私は、残念ながらこの場にいることはかなわなかったが、デトロイトに勝るとも劣らぬ、素晴らしいものであったらしいことを聞き及んでいる。この“ワールド・プレミア・ツアー”が、もともとPatが意図していたのかは判らないが、この素晴らしい曲を、違う地域でのビッグバンドでも、生で聴けることは、我々ジャズ・ファンにとっても嬉しいことである。同時に、Patはじめ同行したScottやDannyらと共演した日本を代表するミュージシャン達にとっても、かけがえのない経験になったのではないだろうか。
そこから、また新しいインスピレーションが生まれ、日本のジャズ・シーンの更なる進化に繋がって行ってくれるであろう事を、そして、新たなる感動と癒しと元気を我々に与えてくれるであろう事を信じている。

鈴木貴浩 Takahiro Suzuki
山形県山形市出身。自動車部品会社勤務。中学校の吹奏楽部でトランペットを手にして以来その虜になる。社会人ビッグバンドSwing Friends Jazz Orchestra主宰。Eric Miyashiro、Bobby Shew、守屋純子他多くのプロ・ミュージシャンとの共演経験あり。現在、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス郊外の地方都市に出向中。

【追記】
デトロイト・ジャズ・フェスティバル2015 参加アーティスト
Pat Metheny - 2015 Artist-in-Residence presented by Absopure (four performances)
Pat Metheny Trio with Antonio Sanchez, Scott Colley & special guest Kenny Garrett
Pat Metheny acoustic duo with Ron Carter
Pat Metheny Reunion with Gary Burton Quartet
Pat Metheny, Scott Colley, Antonio Sanchez, and Danny Gottlieb with the Detroit Jazz Festival Big Band and String Orchestra, Conducted by Alan Broadbent, perform new works including the North American premiere of Metheny’s multi-movement/multi-media tribute to Eberhard Weber.

Monty Alexander: Harlem-Kingston Express
Benny’s Threads - Inspired by the artistry of Benny Goodman, featuring new compositions by Gordon Goodwin’s Big Phat Band, spoken word from author Douglas Preston, and superstar clarinetists featuring Eddie Daniels, Paquito D’Rivera, Ken Peplowski and Anat Cohen
Brian Blade & The Fellowship Band
Richard Bona: Mandekan Cubano
Joanne Brackeen Quartet
Jungle Funk Trio
Will Calhoun Quartet w/Greg Osby
Ron Carter Trio
Anat Cohen Celebrando Brasil: From Rio to Minas
Eddie Daniels jazz version of Vivaldi’s Four Seasons for Detroit with the Detroit Jazz Festival String Orchestra and original narration from Douglas Preston.
Dave Douglas Quintet
Paquito D’Rivera Quintet
Kenny Garrett Quintet
Charlie Haden’s Liberation Music Orchestra: Conductor Carla Bley, Bassist Steve Swallow
Jon Irabagon Quartet
Oliver Lake Organ Quartet
Carmen Lundy
Mack Ave. Superband
Rudresh Mahanthappa “Bird Calls”
Rene Marie Experiment in Truth
Danilo Perez - world premiere of his commissioned Detroit World Suite
Ken Peplowski Quartet
Ester Rada
Arturo Sandoval
Maria Schneider Orchestra
Christian Scott Sextet
The John Scofield & Joe Lovano Quartet
Tuba Skinny
Steve Turre: Rahsaan Roland Kirk Birthday Celebration with special guest James Carter
James “Blood” Ulmer & the Black Rock Experience featuring Queen Esther
Manuel Valera & Groove Square

【関連リンク】
Detroit Jazz Festival
http://www.detroitjazzfest.com/
Pat Metheny - Detroit Jazz Festival’s 2015 Artist-in-Residence
http://www.detroitjazzfest.com/artistresidence.html
Pat Metheny 公式ウェブサイト
http://www.patmetheny.com

【JT関連リンク】
『パット・メセニー|ヤン・ガルバレク|ゲイリー・バートン/オマージュ』(ECM)
http://www.jazztokyo.com/five/five1250.html
エバーハルト・ウェーバー 75歳祝賀コンサート バーデン・ヴュルテンベルク州 特別功労賞ジャズ賞 授賞式
http://www.jazztokyo.com/live_report/report782.html
ブルーノート・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパン
http://www.jazztokyo.com/live_report/report851.html

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NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
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#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
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今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

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