Concert Report #854

東京都交響楽団・第793回定期演奏会

2015年 9月24日19:00 東京文化会館
Reported by Masahiko Yuh 悠 雅彦

● 交響曲第10番へ短調 op. 30 (ミャスコフスキー)
● ヴァイオリン協奏曲 op. 30(ナッセン)
……………………………………………………………………………
● 組曲『展覧会の絵』(ムソルグスキー〜ストコフスキー編曲)

リーラ・ジョセフォウィッツ(ヴァイオリン)〜2
オリヴァー・ナッセン(指揮)
東京都交響楽団

 1ヶ月半も空いてしまったが、感動が脳裏から消えずに残っているうちにコンサート評として書いておきたい。
 日本のオーケストラの中ではとりわけ評価が高まっている東京都交響楽団の定期公演。近年の充実ぶりは私が聴いた限りでも西の京都市交響楽団と双璧といっても過言ではないこのオーケストラについては、機会あるたびに最近の優れた演奏に触れてきた。その充実ぶりの目覚ましさばかりでなく、招聘した指揮者とのコンビネーションの素晴らしさや味わい深い結果は特筆に値すると、折りあるごとに指摘してきたものだ。この夜のコンサートも客演独奏者のリーラ・ジョセフォウィッツを筆頭に例外ではなかった。
 当夜のコンサートのキーワードは、<イギリス>と<ストコフスキー>か。ゲスト・ソロイストのジョセフォウィッツも、タクトを振ったオリヴァー・ナッセンもイギリスの音楽家であるからだが、のみならずこの夜の隠れたキーマンといっていいレオポルド・ストコフスキーもまたロンドン生まれの才人だった。彼はフィラデルフィア管弦楽団の指揮者として名をなしたが、その前のシンシナティ交響楽団の常任指揮者を皮切りに、1912年から40年まで在籍したフィラデルフィアをはじめキャリアの大半は米国での活動が中心で、この夜の劈頭を飾ったミャスコフスキーの交響曲第10番も、彼が1930年に常任指揮者だったフィラデルフィアを振って米国初演した作品だったと言えば、彼がこの夜のキーマンである理由がお分かりになるだろう。まして後半のプログラムを飾ったムソルグスキーの「展覧会の絵」がラヴェルではなく、ストコフスキー自身のオーケストレーションによるとなれば、“ストコフスキー・ナイト”と銘打ってもおかしくないほど。
 今日、ラヴェル版以外のオーケストレーションで「展覧会の絵」を聴くことはほとんどないといってもよい。だが、リムスキー・コルサコフが作曲者の死後遺品の整理をする中で編曲のアイディアを提案し、弟子の1人が初のオーケストラ版を完成させて以後、ラヴェルを筆頭に幾多のオーケストレーションやアレンジが,エマーソン・レイク&パーマーのロック版や冨田勲のシンセ版を含めて実に多くが世に出た。ストコフスキーがオーケストレーション化に着手したのは1939年といい,当夜聴いた限りではラヴェル版との違いはスコアリングの違いより、ラヴェルのフランス的美学に対抗してあくまでもロシア的な響きに重点を置いたところにストコフスキーの狙いがあったのだろうと想像した。ナッセンの指揮で聴くストコフスキーの手になる「展覧会の絵」は、ナッセンの思い入れの強さが躍動感を横溢させたロシアの香りを運んできたかのようで共感したことに加え、この曲に対する思いを新たにした。ラヴェル版と比較してもさして聴き劣りするところはない。それにしては,普段このストコフスキー版での演奏を耳にする機会が滅多にないとは何とも不思議だ。指揮者ナッセンの選択を支持、賞賛したい。
 オリヴァー・ナッセンはもしかすると作曲者としての知名度の方が高いかもしれない。2001年に武満徹作曲賞の審査委員をつとめた彼は、生前の武満とも親しい関係にあり、武満も「無駄のないオーケストラ書法を持つ得難い作曲家」とナッセンを高く評価していた。この夜ナッセンは杖をついて登場した。歩くのもままならないほど、巨大な上半身を支える下半身の衰えが心配なくらい。だが、いったん指揮台の椅子に座ってタクトを持つと、別人のようにオケを奮い立たせる。プログラムにはナッセンがミャスコフスキーの第10交響曲を聴いたときの驚きが自身の発言として掲載されている。まるでチャイコフスキーがシェーンベルクの時代まで生きていたかのよう、という驚きをタクトに託して力強い都響の響きを鮮やかに導き出した。
 だがこの夜、文句なしに感動したのが、ナッセンのヴァイオリン協奏曲。3楽章が休みなしに演奏される17分弱の曲で、英国から帯同したリーラ・ジョセフォウィッツが独奏した。これが実に素晴らしかった。何でもヴォードヴィル・スタイルのヴァイオリン弾き芸人、ウィルバー・ホールが「Pop Goes the Weasel」を何十ものありえない方法で弾く古い映像を見た驚きを、ナッセンがペンに託して書き上げた作品(プログラム参照)とあり、ジョセフォウィッツがこの難曲を軽業師のように、時には挑みかかるライオンのように、それも暗譜で演奏した全演奏には深い感銘を受けた。まさに唖然としながら聴き入った、というより見入った。初めてベルクのヴァイオリン協奏曲を聴いたときの感銘が重なった。とりわけ第2楽章のたとえようもない美しさ。彼女が奏でるヴァイオリンからこぼれ出す歌心、いや深遠な詩情に久しぶりに聞き惚れる興奮を味わった。(2015年11月12日記)

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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