Live Report #855 |
常盤武彦 × 井上智 フォト&ミュージック・セッション |
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貴重な映像の数々とライヴでジム・ホールを偲び、現代ギタリストの系譜を俯瞰する
2013年、惜しまれながら世を去ったジャズギタリスト、ジム・ホール(1930年12月4日 - 2013年12月10日)。ニューヨークに住み、ジムと親交があったギタリストの井上智と写真家・音楽ジャーナリストの常盤武彦が慶応義塾大学三田キャンパスで対談し、貴重な写真、演奏とともに、コンテンポラリー・ギタリストの系譜を俯瞰するセッション。
常盤武彦は、1988年に渡米、ニューヨーク大学(NYU) ティッシュ・スクール・オブ・ジ・アート(芸術学部)フォトグラフィ専攻に学び、ニューヨークを拠点に音楽を中心とした撮影、執筆活動を展開し、現代ジャズの瞬間に立ち会ってきた。井上智は、1989年にニューヨークに渡り、ニュースクール大学ジャズ科でジム・ホールに学び、晩年のジムと演奏を共にする。2010年までニューヨークで演奏活動を行い、ニュースクール大学で講師も務めた。現在、井上は東京を拠点にしているが、常盤の一時帰国でふたりの対談が実現した。なお、類似した内容では、三軒茶屋近くのクラブ「Whisper」でもセッションを行った。
まず、慶應義塾大学文学部教授、アート・センター副所長の粂川 麻里生(くめかわまりお)から常盤が紹介される。慶應は常盤の出発点であり、その意味で慶應でのセッションの実現には大きな意味がある。常盤はここに学び、単位をほぼ取得しながら中退するが、1986 年に慶應のビッグバンド、ライトミュージックソサイエティのモントレー・ジャズ・フェスティバル遠征にカメラマンとして随行し、そのままニューヨークまで旅行したのがこの業界に入るきっかけとなったという。常盤の慶應への凱旋ともいえるこのセッションが実現した2015年に、ライトが山野ビッグバンド・コンテストで最優秀賞&最優秀ソリスト賞(片山士駿fl)のダブル受賞となり、ニューヨーク遠征を予定していることにも因縁めいたものを感じる。慶應を飛び出したことで動き出した常盤の人生が、今の学生に繋がり、何か運命の環が閉じるようでもある。
また、常盤とマリア・シュナイダー(ビッグバンド主宰者/コンポーザー・アレンジャー)は1993年からの付き合いになるが、2010年にライトが山野で<セルリアン・スカイ>を演奏する際に詳細なアドバイスをくれて、その演奏ビデオを送ると褒めてくれたことなどが語られた。なお、マリアを含む現在のラージ・アンサンブル・シーンについては、10月17日アップルストア銀座で「常盤武彦×挾間美帆:写真とサウンドでたどるコンテンポラリー・ジャズ・ビッグバンドの系譜」で紹介され、二人の小気味よいやり取りの中で、満席となっていた。
そして、現代ジャズギタリストの重要人物の一人としてパット・マルティーノを話題にする中で、井上が登場し、粂川と交代する。
何よりも常盤の貴重な映像の数々に圧倒される。もちろんいまどきYouTubeで巨匠の動画が辿れるにしても、写真だからこそ切り取れる空気と存在感がある。2013年11月、ジム・ホールの最後の公演となったジャズ・アット・ザ・リンカーン・センターでの、ジョン・アバークロンビー、ピーター・バーンスタイン、スコット・コリー、ルイス・ナシュ→ジョーイ・バロンとのライヴの映像は強く印象に残る。自宅におけるジム・ホールの姿をじっくり捉えた映像。その中で穏やかな目にときおり見せる鋭い表情。そして、ブルーノート・ニューヨークでのジム・ホールを追悼するギタリストたちが集結したライヴ。その中には井上の姿もある。そして現代のギタリストが豊富な映像とともに音を鑑賞する。
要約すると、チャーリー・クリスチャンがモダン・ジャズ・ギターを切り拓き、その影響を引き継いだウェス・モンゴメリーとジム・ホールに引き継がれる。ジムはより空間を生かす形でサウンドを拡張し、ジョン・アバークロンビー、ビル・フリーゼル、マイク・スターン、パット・メセニー、ジュリアン・レージ、そして井上智など多くのコンテンポラリー・ギタリストたちに引き継がれた。それは後期のマイルス・デイヴィスが好み、エレクトリック・マイルスを支えたギターそのものでもある。他方、ウェスの影響を受ける流れがあり、たとえばパット・マルティーノは、ジョン・コルトレーンの影響もありシーツ・オブ・サウンド(音を敷き詰めるようなアドリブ)的な演奏を展開する。
それらの説明が生き生きとした公演写真と、巧みにシンクロされた関連音源とで紹介されるから、ファンにはたまらないし、初心者にも伝わりやすい。そして、そのギタリストたちと呼吸を共にし、同じ瞬間を生きてきた二人だからこそ伝えられる生き生きとした音楽と生き様。
休憩をはさんでライヴへ。まず井上のソロで<All The Things You Are>、ジムがよく演奏した一曲でワルツでの演奏。次いでベーシストの金子健が加わり、ジムとビル・エヴァンスのデュオアルバム『アンダーカレント』で最も有名な<My Funny Valentine>で美しいインタープレイを聴かせる。ジムはビル・エヴァンスの追悼でもこの曲をソロ演奏したという。なお、金子は、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科でリサーチャーとしてワークショップを開催したこともあり、母校の国立音楽大学でも指導に当たる。
ジムが<Someday My Prince Will Come>のコード進行に従って書いたオリジナル<Waltz New>に続き、ジムとロン・カーターのデュオアルバムのタイトル曲<Alone Together>、金子のベースがメロディーを奏でる。最後に、井上による7拍子の中近東風ブルース<Bun Bun Takita>。ジムの<Careful>からヒントを得て作り、収録した『Melodic Composition』をジムに聴かせたら特にこの曲を気に入ってくれたという。ミニライブと呼ぶには惜しいほどの素晴らしい演奏に、止まらない拍手。
アンコールには、会場からフルートの佐々木優花を招き入れる。佐々木は井上、金子ともツアーを行っている。曲は<赤とんぼ>。この曲には個人的に思い出があり、2005年、ニューヨーク、ヴィレッジ・ヴァンガード70周年ライヴにジム・ホールを聴きに行くと、すでに満員で断られる。覗き込んだ会場内で、ジムと日本人ギタリストが<赤とんぼ>を弾くのが見え、しばらくドアの外で聴いていた。ジムが日本の曲をやろうと譜面を持ってきたという。あのときの1曲を佐々木の美しいフルートの響きとともに優しく歌いあげた。
このように、今回のフォト&ミュージック・セッションは大きな価値のあるものとなった。
ただ、今後への拡張としては、大学というアカデミックな場であり、世代を越える対話の場であることを考えれば、質疑応答の時間を十分に設けて、ディスカッションの中で常盤や井上も気付いていない新しい発見や方向性も出てきたら素晴らしいと思う。
また、幅広いギタリストを取り上げる中でも、共に時代を歩いてきた30代以上と、学生の間にはその実感と理解に大きな隔たりがある。それを助けるために、チャーリー・クリスチャン、ジム、ウェス以降のギタリスト、他の楽器の重要人物のタイムラインを図で並立して表示するなどの工夫はあってもいいと思うし、そこに変化が現れる力学を見ると分析に繋がって行くと思う。また、最小限で直感的な楽譜でのプレゼンテーションもより分かり易い可能性がある。
井上と金子の完成度の高いライヴに感動する一方、それに加えて、ギターの模範演奏を対談で生かしてはどうかと思う。ギタリストの特徴、ギタープレイの変遷をギターで弾いて提示してもらえたらと思うし、実際、大阪の国際ジャズデイのワークショップでもスタイルの変遷を実演することがなされていた。小曽根真はワークショップで<枯葉>をさまざまなスタイルで弾き分けて見せた。
慶応義塾大学アート・センターという格好の場を得て、また今後、音楽大学ジャズ専攻にも貴重な教育素材となる可能性がある中、常盤と井上によるセッションがより広がりを持って行くことを楽しみにしたい。
【Jazz Tokyo 関連リンク】
追悼ジム・ホール by 井上智 & 常盤武彦
http://www.jazztokyo.com/rip/jim/jim.html
【関連リンク】
Jim Hall 公式ウェブサイト
http://www.jimhallmusic.com
Takehiko Tokiwa Photography Website
http://tokiwaphoto.hippy.jp/
Takehiko Tokiwa YouTube
https://www.youtube.com/user/taktokiwa
井上智 公式ウェブサイト
http://satoshiinoue.com/main/index.htm
金子健 Ken’s Blog
http://www.kenkaneko.com
佐々木優花 公式ウェブサイト
http://www.yuka-sasaki.net
慶應義塾大学アート・センター (常盤、井上のプロフィールを含む)
http://www.art-c.keio.ac.jp/news-events/event-archive/tokiwa-inoue-session/
慶応義塾大学ライトミュージックソサイエティ
http://www.keiolight.com
Mikiki 写真家・音楽ジャーナリスト 常盤武彦氏の日本でのイヴェントをまとめました
http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/8465
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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