Live Report #856

パルティトゥーラ・プロジェクト『ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全曲演奏会』第一夜
2015年10月27日(火) すみだトリフォニーホール

Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代
Photo by Koichi Miura © 三浦興一

【演奏】
-第一夜-
ジュリアン・リベール (Julian Libeer)
ナタナエル・グーアン (Nathanael Gouin)
マリア・ジョアン・ピリス (Maria Joao Pires)

-第二夜-
オーギュスタン・デュメイ (Augustin Dumay)
マリア・ジョアン・ピリス (Maria Joao Pires)
小林海都 (Kaito Kobayashi)
新日本フィルハーモニー交響楽団 (New Japan Philharmonic)

【プログラム】

-第一夜-

べートーヴェン: ピアノ協奏曲第一番ハ長調op.15 (リベール)
ピアノ協奏曲第二番変ロ長調op.19 (グーアン)
ピアノ協奏曲第三番ハ短調op.37 (ピリス)

-第二夜-

べートーヴェン: ロマンス第一番ト長調op.40/第二番ヘ長調op.50 (デュメイ)
ピアノ協奏曲第四番ト長調op.58 (ピリス)
ピアノ協奏曲第五番変ホ長調op.73『皇帝』(小林)

“Partitura Project”とは、マリア・ジョアン・ピリスが現在教鞭をとるエリザベト王妃音楽院が中心になって進めているプロジェクトである。いわゆるスター・システムに浸食され、競争の場と化してしまった音楽教育の現場に一石を投じるもので、世代を超えた演奏家同士が同じステージを共有することにより、公開演奏の場でのみ生じる至高の音楽体験を分かち合うことを目指すもの。ここに、長年の盟友であるオーギュスタン・デュメイが指揮者として参画し、ピリスの愛弟子3人がソリストとして顔を揃える。二夜にわたるプロジェクトのうちの第一夜。

協奏曲第一番を奏するのは1987年生まれのベルギー人ピアニスト、ジュリアン・リベール。普段着にちかいラフな服装で登場したが、なかなか華のある存在感。すぐれた室内楽プレイヤーとして名を馳せているだけあって、オーケストラ・サウンドとの噛み合いの良さには、若いながらもすでに成熟した貫禄を覗わせる。とりたてて強音を用いることもなければ、若さに任せた、良くも悪くも強引な音運びとも無縁である。あくまでアンサンブルとしてのトータルな響きの美しさを最優先させるところに、奏者としての志の高さを感じる。ピアニシモの美しさや、独自の身体感覚によって血肉化された趣味のよいリリシズムによって立体的に音楽を構築できるところが強み(第1楽章のカデンツァなど)。典雅さを漂わせるデュメイ独特のアーティキュレーション、清明な新日本フィルのサウンドと相俟って、遊びがありながらも求心力に長けた、視覚的ともいえる音風景を現出させた。コンクール不要でキャリアを醸成できるであろう久々の逸材(http://www.julienlibeer.net/)。

続く協奏曲第二番は1988年生まれのフランスの俊英、ナタナエル・グーアン。数々の国際コンクールを勝ち抜いているだけあり、音楽づくりは手堅く、減点は決して生じないタイプの演奏である。小柄な体躯ながら、最大限の音響効果を得るための無駄のない筋肉遣いを心得ており、鋭利なタイム感覚に裏打ちされた節回しの良さと豊かなフィーリングにはうなるものがある。柔軟に音色を変化させることができるのも美点のひとつ。第2楽章で、それまで硬質だった音色が柔らかな音質へとがらりと一変するさまに、スケールの大きな音楽づくりへの志向が見て取れる。師との共通点であるが、誠実な人柄が直に音楽に反映されている。

さて、休憩を挟んでの第三番は、いよいよピリスの登場である。協奏曲も第三番あたりまでくると、ベートーヴェンらしい力強さが歴然となってくる。オーケストラの低音部の充実も手伝い、さすが当代随一のピアニストのひとりに相応しい、威厳と説得力を感じさせる快演であった。思えばピリスの演奏ほどその人間性がにじみ出ているものはない。聴き手を否応なく幸せな気分にさせてくれる包容力と、豊かなキャリアを通じて真摯に追求された妥協を知らぬ真の技術力---そうした厳粛ともいえる迫力が、あらゆる一音に宿るのである。暖かな光が瞬間を満たすのだ。そもそも、この”Partitura Project”が究極に目指すところの、音楽のミューズとの眼に見えない交感---その恩寵がふわりと舞い降りたかのような神々しさを、早くも第1楽章のピアニシモのなかに見たように思うのは筆者だけだろうか。水を打ったかのような静けさから、一気に跳躍するダイナミズム。永遠のようでありながら、ピリスの手にかかると、楽曲の体感時間はひじょうに短く感じる(あらゆるジャンルの充実したステージに共通の現象であろう)。第2楽章のオーケストラと一体になってのマグネティックなうねり、弾け飛ぶようなフィナーレのプレスティッシモなど、聴衆の期待を決して裏切らない圧巻のパフォーマンス。ダンサブルで優雅、かつ洒脱な指揮者・デュメイのセンスにも感服。アンコールでの師弟六手による連弾は、慈しみに満ちた至福のひとときをもたらした(*文中敬称略。10月28日記)。

【関連リンク】
http://www.jazztokyo.com/live_report/report513.html

伏谷佳代 Kayo Fushiya
1975年仙台市生まれ。早稲田大学卒。現在、多国語翻通訳/美術品取扱業。欧州滞在時にジャズを中心とした多くの音楽シーンに親しむ。趣味は言語習得にからめての異文化音楽探求。JazzTokyo誌ではこれまでに先鋭ジャズの新譜紹介のほか、鍵盤楽器を中心にジャンルによらず多くのライヴ・レポートを執筆。

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