Live Report #860

蜂谷真紀・村田直哉 公開ライヴレコーディング

2015年10月23日(金)江古田 FLYING TEAPOT
2015年11月19日(木)早稲田 茶箱
Report & Photo by Makoto Ando 安藤 誠

蜂谷真紀 effect-voice,voice,perc
村田直哉 turntable
百武和馬 rec-engineer

 エレクトロニクスを駆使したヴォイスからスタンダードなピアノ弾き語りまで……といった紋切り型での紹介文は到底言い表せない振幅を持つ唯一無二のうたうたい・蜂谷真紀と、数多くのユニットで活動する鬼才ターンテーブリスト・村田直哉がこの秋、公開レコーディングを敢行。幸運にも筆者は両方のセッションに立ち会うことができた。江古田と早稲田の2カ所で行われたパフォーマンスの模様をレポートする。

●2カ所での公開レコーディング

 このところ意欲的にコラボレーションを続けている蜂谷と村田だが、共演歴はすでに10年近くにわたる。最初のかかわりは、村田のディレクションにより2006年に隅田川土手で開催されたイベントMUSIC FOR HELIPORTに蜂谷が出演したこと(共演はU-zhaan)。蜂谷が村田のパフォーマンスに触れたのもその時が最初だったという。「彼を見てて、この人はDJとかターンテーブルとかやってるけど、本当はどっかに脱出したいんだろうなって、その場でわかった」と当時を振り返る蜂谷。「ありきたりの事をずっとやってたって仕方ないだろ、って思ってた時期だった」と村田も語る。これが契機となり共演を始めた2人の活動はその後、服部正嗣drを加えたトリオ「チエノワ」や、加藤崇之gを加えたユニットにも拡大。そして今回は原点でもあるデュオに戻っての録音となった。

 第1回の舞台は、西武池袋線江古田駅からほど近くに位置するFLYING TEAPOT。プログレ喫茶として好事家の間では名の通った同店は、蜂谷が初めてパフォーマンスを行った所縁の場所でもあり、彼女にとってはホームグラウンドともいえる店。そのせいもあってか、両者ともにリラックスした雰囲気だ。
 セッションは長尺のインプロが繰り広げられるものと思いきや、予想外の方向に。冒頭、わずか1分ほどのフラグメントから始まり、アプローチを変えた5〜6分のシークエンスが続けざまに展開される。蜂谷はいつものように様々なパーカッションやオブジェクトを交え、生声と電気的に変調させたヴォイスを自由自在に操りながらの演奏。この日は途中で立ち上がり、移動し、周りのものを叩き、途中何かに語りかけるように歌い…と、演劇的な動き(もちろん計算されたものではないだろうが)を随所に交え、躍動感のあるサウンドを創り出していた。
 店の造りもあって音のヌケが良く、村田のターンテーブルから放射されるノイズや、蜂谷が繰り出す打撃音や破裂音も耳に心地よく響く。時折、拡散的になり過ぎそうな局面も現れるが、そこを絶妙の音の出し入れで締める村田の冷静さが光る。2人が編みあげる音響のタペストリーを堪能しつつ、終始一貫して流れるリズムの奔流に耳を奪われたセッションだった。

 1回目から約1カ月の間を置いて行われた第2弾のセッションは、東西線東早稲田駅から数分の音楽喫茶・茶箱での開催。スペースはFLYING TEAPOTよりかなり小さく、響きもややデッドな傾向で、音響条件は前回とはかなり異なる様相だ。この空間をどのように満たしていくのか、開演前から興味が募る。
 前回と同様、肉声によるコミュニケーションは最小限にとどめ、片方が(多くは村田)がモチーフを提示し、もう片方がそれを受ける形でセッションが進行していく。エンジニアの百武和馬が、格闘技で相対する選手を裁くジャッジのような形で両者の間に位置しているのも前回と同じだ(実際、ボクシングの真剣勝負のような趣も多分に感じられる)。モジュラーシンセの使い手であり、インプロ現場での録音経験も多いという百武だが、「彼がいなかったらこのレコーディングもなかった」と村田も語る通り、公開レコーディングという形態で行われた今回、両者にとって存在は非常に頼りになるものだったようだ。
 内に秘めた激情を少しずつ開示していくような、一見静かだが緊張感に満ちた展開が続く。蜂谷のパフォーマンスは、刻々と移り変わる気象を目の当たりにするかのような印象をいつも与えてくれるのだが、その本質は今回のような静かな佇まいの中でこそ顕在化されると感じるのは筆者だけだろうか? バランスより勢いを重視した村田の音作りにも、それをうけとめようとする意思が感じられた。

●セッションを振り返って

----先月(10月の江古田FLYING TEAPOTでの公開録音)は、肉体性を強調した感じというか、パーカッシヴな動きが多かったように思います。今日はどちらかというとアンビエンスを重視した印象でしたが、そのあたりは意識的に?

 蜂谷 どうなんでしょうね? あんまり覚えてないんだけど、私の中ではインテンポかどうかっていうのはパーカッションとはあまり関係なくて。私がヴォイスでベースビートを刻むとそんなふうになるんだけど、それはもしかしたら前回やったかもしれないですね。私はライブの前にこうしよう、ああしようと思って臨むってことはほとんどなくて。ただ、FLYING TEAPOTとここ(茶箱)では、音の響きというか音場が全く違うので、そこはある程度考えて。

----短い断片を多く演奏したのは?

 村田 普通のライブで蜂谷さんとやる時は、長時間のインプロになることが多いので、今回は意識してそれ(短いフラグメント)をやってみた。でも予め決めてたっていう訳じゃないんです。あくまで2人で対峙してみたときの…その時何を感じたかが一番大事だから。今日音を出してみてそういう(長時間演奏の)流れになったら、それはそれで全然いいと思ってたし。

----エンジニアの視点からはどうでしたか?

 百武 そうですね…なんというか儀式的なものを感じましたね。音を出して、そこに入り込んでいく時の集中力や緊張感がすごい。素材としては素晴らしいものが録れているので、今後ミックスしてどんなものになるのか楽しみです。

 演奏からも十二分に感じられたことだが、「録音」という縛りに囚われることなく、その場で湧き上がってくる内発的なモチベーションを最重視して臨んでいることが、振り返りの談話からも再確認できた。今後どのような編集作業を経て作品化されるかは現時点ではまったく未知だが(個人的には、いっさい手を加えず生のままで提示するのも、素材として思い切り加工してしまうのも、どちらも「アリ」だと感じた)、現場で体験した以上の音源が作品として出来上がってくることを期待したい。

安藤 誠(あんどう・まこと)
ライター。広告制作事務所代表。音楽関連イベントや障害児のためのワークショップの企画・運営も手がける。

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