Live Report #863

吉田野乃子@The Stone, NY

2015年11月10日&12日
text & photo by Rema Hasumi蓮見令麻

吉田野乃子がサックスで紡ぎ出す世界には、無限の可能性がある。そこには、実験的手法であらゆる角度から音を作り出していく旺盛な好奇心があり、惜しみなく次から次へと飛び出してくるフリーキー・トーンを通してこちら側に伝わってくる確かな熱量がある。その熱量の根幹が彼女のどこに隠されているのかはわからない。もしかするとそれは、彼女の音楽遍歴を見てもわかる、パンクのアティチュードなのかもしれないし、またもしかすると、彼女は人一倍強く吹く風を体の中に持って生まれたのかもしれない。
吉田の最新作、『Lotus』のソロ・ワークには、激しさや衝動といった特徴と同時に、それらに一見して相反する新鮮なテクスチュア:流動するメロディー、美しい多重録音によるオーケストレーションを聞くこともできる。
今回のストーンでのレジデンシーで私が見たひとつめのライブは、Den Svarta Fananというグループで、ストーンのウェブサイト上では「ノイズ・パンク・フリーインプロビゼーション」という説明書きとなっていた。メンバーは、吉田野乃子とクリス・ピッツイオコス(saxes)、ロン・アンダーソン(guitar)、ジョー・メローラ(bass)、ウィーゼル・ウォルター(drums)の5人。
リズムセクションのドラム、エレキギター、エレキベースが弾いている内容は完全にヘヴィーメタルの様なロックのビートだ。ウィーゼル・ウォルターのドラムの疾走感、重量感がとにかくすごく、一番前に座ってしまった私には残念ながらピッツイオコスや吉田の吹くサックスの音をはっきりと聞くことができなかったのだが、全体の音としてのイメージを経験することはできたと思う。ドラムとベースの密度のある重低音の上にギターとサックス勢が音をどんどん重ねていく。それはまるで、空っぽの大きな容れ物の中にどんどん中身をつめていき、最終的に隙間がないほどに飽和した容器が破裂し、スローモーションで音の粒子と私達の汗が交じり合い蒸発していく、そんな熱さを持ったパフォーマンスだった。ライブを見終わってストーンを出るころには、観客席に座っていただけなのにも拘らず私はまるで長いマラソンを走った後の様な気持ちになっていた。
ところで、これは我ながら割と良いアイディアだと思うのだが、Den Svarta Fananの音楽を聴きながら、衣笠貞之助の無声映画を見ると、非常に良くマッチする。映像と音楽それぞれのドラマチックさとエッジーさが絶妙に混じりあって不思議な体験ができるので、是非アナログ盤を買って試してみて欲しい。ちなみに私は「十字路(1928)」を鑑賞したけれども、「狂つた一頁(1926)」でもなかなか合うのではないかと思う。
二日後の木曜日に見たライブの構成はかなり異なった内容となった。吉田野乃子のアルト、フロリダから駆けつけたというジェイミソン・ウィリアムスのソプラノ、そしてニューヨーク、フリージャズ界のベテラン、スティーブ・スウェルの吹くトロンボーンに、リズムセクションは若手のブランドン・ロペズ(bass)とデイヴ・ミラー(drums)の二人が加わった。初日と同じく演奏の内容はインプロビゼーションで、音の厚み自体はほとんど変わらないのだが、空間に隙間のある部分と、密度の高い部分の振り幅がより大きく、色んな角度からの音を楽しむことができた。5人がそれぞれ思い思いの音を出し、無調性の混沌とした世界が圧倒的にと拡がっていく中に、絞りだす様な、少しだけブルースがかった調性のメロディーが残像の様にくっきりと浮かび上がった。そのメロディーを弾いていたのはジェイミソン・ウィリアムスで、彼の音にはまるでジョニー・ホッジズを思い起こさせられる様なブルージーで伸びやかな魅力があった。ライブ終盤になり、吉田がソロで演奏する場面では、驚く程の音量とその潔さに魅了された。
フリー・インプロビゼーション、という筆で描くためのキャンバスを何種類も用意し、迷いなくそれぞれの異なるキャンバスを試していく、吉田野乃子の魅力は、その無邪気な好奇心と、その無邪気さとは裏腹に鋭く絶叫するサックス、そんなギャップにあるのかもしれない。
これから彼女の音楽がどんな風に発展していくのか、興味は尽きない。

L to R: Nonoko Yoshida, Ron Anderson, Weasel Walter, Joe Merolla and Chris Pitsiokos
photo by Rema Hasumi
L to R: Nonoko Yoshida, Ron Anderson, Weasel Walter and Joe Merolla
photo by Rema Hasumi
L to R: Jamison Williams, Steve Swell, Dave Miller, Brandon Lopez and Nonoko Yoshida
photo by Rema Hasumi

蓮見令麻(はすみれま)
福岡県久留米市出身、ニューヨーク在住のピアニスト、ボーカリスト、即興演奏家。http://www.remahasumi.com/japanese/

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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