Live Report #866

戦後・日本のジャズは氷川丸から始まった

2015年11月29日 山下公園前・氷川丸6番ハッチ
Reported by Kenny Inaoka 稲岡邦弥
Photo by Izuru Aimoto 相本 出

瀬川昌久
高山恵子と楽団南十字星
金谷範夫氷川丸船長

スターダスト
南国の夜
黒い瞳
蘇州夜曲
ジェラシー
センチメンタル・ジャーニー
ラ・クンパルシータ
ホワイト・クリスマス

氷川丸 瀬川昌久と内田晃一
高山恵子 高山恵子と内田晃一
金谷船長 瀬川昌久と元少年兵

戦後70年(1945年8月15日正午の天皇による玉音放送を通じた日本の降伏報告を以って終戦とする)に際し、全国各地でさまざまなイベントが催されたが、横浜では氷川丸船上で音楽を中心とするきわめてユニークなイベントが行われた。これは、ニューギニアなど南方諸島に残留していた日本兵を帰還させる復員船として活躍していた氷川丸に衣糧主任として乗り込んでいた瀬川昌久さんが、疲労困憊する乗組員や看護婦の癒しのために企画した船上コンサートを再現したもの。ジャズが「敵性音楽」として演奏することはもちろん聴くことも禁止されていた不自由な戦時を知る91歳の現役ジャズ評論家瀬川さんにとって、これは単なる回顧のための企画ではなく、「自由に音楽を聴ける社会の尊さを訴える」ための手段であった。
ヴィブラフォンのエレガントなイントロで始まった楽団南十字星の<スターダスト>。ヴァイブ奏者はなんと内田晃一。当時ジャズ・ヴァイブ奏者として一斉を風靡したライオネル・ハンプトンに倣って “内田ハンプトン”として愛されてきた内田晃一は御年88歳、月刊ジャズ専門紙「Jazz World」の編集長としても知られるが、時に2本から4本に持ち替え見事なマレットさばきを見せる。70年前に瀬川さんはが船上コンサートに招聘したオリジナル「楽団南十字星」から正式に楽団名の継承を受け継いだという。続く<南国の夜>からヴォーカルとして参加した高山恵子は内田の姪。大橋節夫とハニーアイランダースの甘美なハワイアンとして耳に馴染んだ<南国の夜>が、ラテン調の情熱的な高山のヴァージョンに驚いたが、オリジナルはラテン楽曲という解説を聞き浅学を恥じた次第。当日演奏された<黒い瞳>や<ジェラシー><ラ・クンパルシータ>は、ジャズを禁止された戦時中に演奏されたタンゴ。当時の楽団南十字星はヴァイオリンやアコーディオンで編成されたタンゴ・バンドだったという。
瀬川さんが語る復員船「氷川丸」の惨状は耳を覆いたくなる酷さ。酔いに任せて戦地の状況を語り伝えてくれた父親だったが、シベリアに抑留されていた叔父は一切語ることなく逝ってしまった。それは語ることはおろか思い出すことさえ苦痛な過酷な日々だったようだ。しかし、「語る」ことで戦争の悲惨さを後世に伝えることが大切なのもまた事実なのだ。学徒動員でとして氷川丸に乗り組んだ元・少年兵の証言によれば(客席にいたが瀬川さんの招きで前に出て思い出を語り出した)、復員兵は甲板にまであふれ、マラリアなどで航海中に亡くなる傷病兵も多く、彼らは“おんぼー焼き”(on board 焼きと思われる)と言われる船上火葬に付されたという。客席には各地から参集した元・乗組員や家族らも多く、言葉少なだが胸に迫る証言を披露した。
<蘇州夜曲>は、現在でもカバーが続く服部良一の名曲(西条八十作詞)。ジャズでは秋吉敏子が『ザ・トシコ・トリオ』(Storyville)の演奏がある。戦争前夜にヒットし、戦地でも兵士に広く愛唱されたという。<センチメンタル・ジャーニー>は瀬川さんにとっても忘れられない1曲で、復員活動を監視するMP(Military Police=憲兵)の携帯ラジオから頻繁に流れ、憧れの洋楽だったという。まさに終戦の年にドリス・デイの歌で全米で大ヒット、FEN(Far East Network=駐留軍放送/極東放送)でもヘヴィ・ローテーションだったようだ。
瀬川さんのたっての希望で楽団南十字星もレパートリーに加えてくれたという。
<ホワイト・クリスマス>もFENでよく流れた当時のビング・クロスビーのヒット曲。いつまでも平和なクリスマスを楽しめる世の中であって欲しいと切に望みながら高山のヴォーカルに耳を傾けた。
この企画は、横浜のジャズ喫茶ちぐさが主催した瀬川昌久さんと柴田浩一さんの連続講義から派生したもので、実現にはジャズ喫茶ちぐさと吉田衛記念館の尽力に負うところが大きい。

* ビデオ・ドキュメンタリー
http://chigusa-records.jimdo.com
*関連リンク
http://www.jazztokyo.com/library/library082.html

稲岡邦弥 Kenny Inaoka
兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。 Jazz Tokyo編集長。

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