Chapter10.ギル・エヴァンス
 photo&text by 望月由美

撮影:1983年5月29日、
よみうりランド・
オープンシアターEASTにて



 ギルを語る際、まず“音の魔術師”という称号、そしてマイルスとの諸々のコラボレーションが挙げられるのが常であるが、私にとってのギルは『Plays the Music of Jimi Hendrix』(RCA)の一曲目<Angel>から始まった。いつになく折り目正しいデイヴィッド・サンボーンのアルトに続いて一面に広がる音の群れ、かたまりは粋で洗練の極み、一気に心の凝りを解きほぐしてくれる。そして耳になじんでいたジミ・ヘンドリックス<空より高く>そして<フォクシー・レディ>の遠い昔の懐かしさと息をのむ斬新さが入り交じって生まれる不思議な開放感こそが私とギルとの距離を一気に縮めてくれたのであった。この感覚は時を経た今でも変わらない。

 そして1983年5月29日、日曜日の昼下がり、東京、よみうりランド・オープンシアターEASTはまさに天国のようにハピーな一日であった。抜けるように青い空、燦々と初夏の太陽が降り注ぎ、澄み切った空気がおいしい。上半身裸の若者達が思い思いに日光浴を楽しんでいる。ゴンドラが舞い、ジェット・コースターが走る多摩丘陵の大きな遊園地の一角に多摩の山々を揺るがすようなビッグサウンドが轟く。“MILES & GIL JAPAN TOUR ‘83”マイルスとギルが時間を分け合って同じステージに立つという今考えても夢のような組み合わせであった。午後2時からマイルスのセプテット、そして3時半からギル・エヴァンス・オーケストラというプログラム。ファースト・セットでのマイルスのエキサイティングなサウンドのあとのインターヴァル、マイルス・マジックの酔いがまだ醒めやらないうちに一人の精悍な面持ちをした黒人が突如ギターをかかえてEASTの広い会場内を駆け巡り始める、なんとハイラム・ブロックだ。公称8000人は入るという大会場がどよめく。やがて楽器を持ったメンバーが三々五々ステージに現れそれぞれが勝手に音を出し始める、ギルがシンセサイザーの前に立つ。いつのまにか会場を駆け廻っていたハイラム・ブロックもステージに戻っている。ギル・エヴァンス・オーケストラの音出しである。この自由さにこそギルの許容量の深さがあるのかもしれない。メンバーはルー・ソロフ(tp)、大野俊三(tp)、マイルス・エヴァンス(tp)、トム・マローン(tb)、クリス・ハンター(tb)、ジョージ・アダムス(ts)、ハイラム・ブロック(g)、ピート・ルビン(key) 、マーク・イーガン(b)、ビリー・コブハム(ds)、ギル・エヴァンス(key)という11人編成であった。メンバーにギルのご子息マイルス・エヴァンスが入っていたことは後で知った。何となくがやがやと始まってウォーミングアップが仕上がったところでビリー・コブハムのメリハリの利いたリズムに先導されてオーケストラがマイルス&ギルで耳に馴染んだ<ゴーン>のテーマを奏でる。口笛がなり大歓声が沸きあがる、みんなこの瞬間を待っていたかのような盛り上がりであった。ビリー・コブハムのトップ・シンバルが風に煽られて大きくうねる。まさに野外、それも多摩丘陵の丘の上のライブの醍醐味に酔いしれた。ジョージ・アダムスの圧倒的なダイナミズム、けだるさを伴う、ゆったりとした黒いブルース魂に心を揺さぶられた想いがよみがえる。そしてジミ・ヘンドリックスの<空より高く>のラフなアンサンブルが青空の下でよく似合っていたのを思い出す。極く自然に手拍子が始まり、手拍子は会場全体に広がり、ギルのサウンドと溶け合う。こんなにも手拍子が心地よいコンサートは滅多に起こらない。これもギル・マジックの一つなのかもしれない、と思いながら筆者も手拍子に加わった。

 


 マイルスは嘗てダウンビート誌のインタヴューに応えて、ギルの仕事は10小節を埋めるのに3日間かかる、自分の部屋に鍵をかけてドント・ディスターブという札をかけて、奥さんでさえ入室は許されないと云う、それに彼はあらゆる楽器を知りつくしていて、どんな音がどうしたら創れるかを知っているんだと語っている。
 このようにしてギルはマイルスとのコラボレーションでの緻密なサウンドを編み出していたのだろうと納得がいく。反面、自己のオーケストラでの全員がてんでんバラバラに音をだしているように聴こえながらも、やはりギルだなあと頷いてしまうのは、広い包容力と自由な精神がギルのおおきな魅力なのである。
 ギルを大親友としていたマイルスは自伝のなかでギルの亡くなる前日にギルの奥さんのアニタと電話をし、ギルがメキシコに療養に行っている事を聞いた、そしてその次の日にアニタからギルの死を知らされたと語っている。マイルスはギルと<トスカ>を創るつもりだったというがついに実現出来なかった。余談になるがギルとはとても親しかった菊地雅章は後年テザード・ムーンで『トスカ』(Winter&Winter)を創っている。
 よみうりランド・オープンシアターから5年後の1986年3月20日、ギルは療養先のメキシコのエルナバカで旅立ってしまったが、いまでもギルの名前を目にすると私の頭の中では自然とあの時のよみうりランドEASTのサウンドが鳴り響くのである。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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