Vol.8 | エディ・プレヴォ&ジョン・ブッチャー@大谷石資料館(大谷石地下採掘場跡)2010
Eddie Prevost & John Butcher @Oya Stone Museum 2010
Photo: (c) 横井一江 (c) Kazue Yokoi

 そこでしか聴けない音、というのがある。時間を共有するライヴでしか得られないような音楽体験があるのだ。

宇都宮にある大谷資料館の地下にある大谷石地下採掘場跡では、時々コンサートやダンス、美術展などイベントが行われている。即興演奏家でそこで演奏したのは、姜泰煥やサインホ・ナムチュラクなど。大谷資料館でのライヴは場所の特異性とその環境がもたらす音響面での広がりが、ミュージシャンにとっても刺激的なようで、彼らからその話を何度か聞かされた記憶がある。今回来日したジョン・ブッチャーもまた2004年来日時にはソロで演奏、そこで録音した音源を自己のCD『カヴァーン・ウイズ・ナイトライフ(Cavern with Nightlife)』(Weight of Wax WOW 01)に収録したほどだ。
大谷石資料館に行くのは二度目である。数年前にその大谷石地下採掘場跡でライヴを聴いた時に、空気の振動を音にする管楽器の胎内にいるように感じたことを思い出した。ちょうど管楽器奏者3人<松本健一 (sax)、田村夏樹(tp)、高岡大祐(tuba)>によるDIVERというプロジェクトだったこともあったのだろう。楽器内で空気の振動によって発せられた音が再度共鳴する空間に出あう、いわば入れ子状態だな、この採掘場跡の出入り口に居たらどんな音が聞こえるのだろうかなどということまでつい想像してしまったのである。
しかし、採掘場跡は楽器を演奏するのに決してよいコンディションにあるとはいえないだろう。気温は低く、湿度も高い。まるで冷蔵庫の中にいるような感じである。今回ジョン・ブッチャーはサウンド・チェック時からサックスのリードの具合をひどく気にしていた。湿気を吸い込んで柔らかくなってしまうらしく、演奏中に何度かリードを交換せざるを得なかったようだ。
洞窟の中にいるようなものだから、音は谺(こだま)する。これは建造物の中の閉ざされた空間における残響とは異質のものだ。単純に残響音が長いのではなく、採掘場跡はただのガランとした空洞とは違っていることもあり、音はより複雑に響くので、即興演奏家にとっては第三の共演者と対峙しているかのような環境に置かれるのである。聴き手にとっても音は、ステージあるいはステージ横に置かれたスピーカーから出るのではなく、後ろの壁や横からもエコーした音に取り巻かれる状態にいる。おそらく座る場所によって聴き手に届く音も違うだろうし、演奏者もまた100%サウンドをコントロールすることは出来ないのだ。こういう環境で聴くと、我々は音楽を耳の奥で聴覚として捉えるだけではなく、身体全体で受け止めているということを感じるのである。

今年2010年9月、エディ・プレヴォとジョン・ブッチャーが来日して国内をツアーした。この二人のデュオを聴くのならここしかないだろうと東京でのライヴ会場ではなく大谷まで出かけることにしたのは、彼らの即興演奏が微細な音色やテクスチュアを変化させながら、多彩なサウンドを幾重にも交差させ、重ね合わせながら構築する音楽だからだ。
パーカッション奏者のエディ・プレヴォはジャズ・ドラマーとして演奏を始めたが、1965年に実験的な即興グループAMMを立ち上げた一人であり、ただひとりの当時からのメンバーである。フリージャズ以降のヨーロッパ・フリーはひとまとめにして捉えられることが多いが、アメリカのフリージャズが一様ではなかったようにヨーロッパのそれもそれぞれのお国柄、ローカリティが音楽に出ているし、個性も十把一絡げに語れるものではない。AMMとそこに出入りしたミュージシャンはサウンドの探求者といえるだろう。第一世代のデレク・ベイリーやエヴァン・パーカーもまたそうである。イギリスでは世代に関わらず、そういう傾向を持つミュージシャンが少なくないように思う。
ジョン・ブッチャーはエヴァン・パーカー後の世代を代表するサックス奏者で、第一世代とも若い世代のミュージシャンとも適合できる希有な存在である。だが、エヴァン・パーカーの循環呼吸法にマルチフォニックスを合わせた奏法による演奏のような名刺代わりになるようなサウンドはない。彼の即興演奏は「スタイリスティックなものではなく、頭の中に浮かぶ音楽的なイマジネイションをサックスで表現している」のだという。そのために長年にわたって探究、開発してきたテクニック、特殊奏法から息音やタンギングにいたるまで、尋常ではないバリエーションとコントロール力がある。ミクロからマクロまでそれぞれの次元で、似たような音でも音色やテクスチャーを変化させるその技を持って、表現の限界を拡張しようとしている。豊かなボキャブラリーと柔軟性は、置かれた状況をも音楽を形成するファクターとして迎え入れるだけに、即興演奏家だけではなく鈴木昭男のようなサウンド・アーティストとの共演も可能なのである。

大谷での演奏は、思いがけない形で始まった。ステージを取り囲む壁に模様のように見える線は石を切り出した時に出来た跡である。エディ・プレヴォはその線から線へと水平にスティックで引っ掻き始めた。客席はまだざわついている。右から左へと壁を移動し、ステージ半ばくらいにきたところで聴衆もようやく演奏が始まっていることに気づいたのである。
ほどなくジョン・ブッチャーがサックスも吹き始め、プレヴォも銅鑼(ドラ)とスネア、バスドラムをセットした位置について演奏を始めた。言うまでもなく、通常の楽器奏法は用いずに、銅鑼やドラムの周囲の金属部分を弓で擦(こす)ったり、バスドラムの上に小さなシンバルを乗せて叩くなど小物も用い、持てる手札を切ってくる。ブッチャーもまたノイジーでざらつくような音から、高音で鳥が囀(さえず)るような音など、持ち前のバリエーションの豊かさを駆使する。重層的に二人が発するサウンドは、浮遊し、重なり合い、干渉し、溶解し、谺しながら消えていく。会場となった採掘場はライブ・エレクトロニクスに似たような役割も果たしていた。一度出た音はより複雑な形で時間差をもって返ってくる。音域によって、残響音の響き方も違う。彼らはサウンド・チェックの時に音の響きを入念に確かめていたが、ある程度予測して音を出してはいるものの完全に制御することは不可能であり、そこがまた面白いのだろう。おそらく人間がとらえることの出来ない倍音にも満ちていたのではないかと想像する。それは、聞こえてはいないのだが、なんらかの形で知覚に作用しているような気がしてならない。なぜなら、同じ場所で録音したCD以上に奥行きと豊かさを感じるからだ。
演奏の半ばくらいだったろうか。プレヴォがステージにあった大谷石のブロックを床に倒した。深い残響が返ってくる。それを確かめながら、数個のブロックでそれを何度も何度も繰り返す。ドラマーならではの身体性を感じるパフォーマンスだ。彼らの演奏はフリージャズ、例えばペーター・ブロッツマンの演奏のような身体性に依拠するような音楽には聞こえないが、深いところで繋(つな)がっている。ブッチャーの演奏の中からもその身体性がふわりと浮かび上がってきたのである。このような展開は予想外だったのだが、二人の音楽的な探求心に場が力を貸したのだろう。

椅子が置かれている床は雨が降った跡のように濡れていた。建築物の内部とは異なる冷たく湿った空間ゆえか、音の粒だちも重なり合う響きや音のゆらぎもよりはっきりと知覚出来たような気がしてならない。音万華鏡の中にいるような心持ちだったのである。大谷石採掘場跡そのものがひとつの装置として機能していたことは言うまでもない。即興音楽も今では多様化しているが、技術的なことのみならず、表現力と創造性においてひとつの頂点にいる二人のデュオをそこで聴けたのは貴重な体験だった。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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