#  671

スティーブ・ドブロゴス/ゴールデン・スランバー〜plays レノン/マッカートニー
text by Kenny INAOKA

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『スティーブ・ドブロゴス/ゴールデン・スランバー〜plays レノン/マッカートニー』
ボンバレコード BOM23001 ¥2,415(税込)

スティーヴ・ドブロゴス (p-solo)

1.Goodnight
2.Golden Slumbers ~You Never Give Me Your Money
3.Across the Universe
4.Two of Us
5.Blackbird
6.If I Fell
7.Don't Let Me Down
8.The Long and Winding Road
9.Because
10.I'll Follow the Sun
11.You've Got to Hide Your Love Away
12.I Will

録音:ヤン・エリック・コングスハウク 
   @レインボウ・スタジオ、オスロ
   2010年5月5日

近年、クラシックのフィールドでの活躍が目覚ましいスティーヴ・ドブロゴスの新作はジャズ・アルバムである。ジャズ・アルバムと言い切るのが憚(はばか)れるほど、よくこなれた草書体で綴られた“ドブロゴス・ミュージック”が収められている。“ドブロゴス・ミュージック”とはいえ、演奏されている内容はThe Beatlesを通じて発表された「レノン=マッカートニー作品集」である。レノン=マッカートニーとクレジットされた作品は数多いのだが、実際はふたりの共作であったり、どちらかが主体となって作られたものがあったり、この辺の事情はレノンがアメリカのPlayboy誌に語ったロング・インタヴューで明らかにされているのをペーパーバックで読んだことがある。なかなか微妙な事情があったはずであることだけを記憶している。このアルバムで聴かれる音楽は、ビートルズ・ファンからはお叱りを受けるかもしれないが、レノン=マッカートニー=ドブロゴス作品集ともいえる内容に近い。ドブロゴスは相当なビートルズ・マニアなのだろうか。レパートリーは64年から70年にわたる。
何枚ものアルバムから入念にピックアップされている。しかも、“ホワイト・アルバム”と通称される名作『ザ・ビートルズ』(1968)で始まり、“ホワイト・アルバム”で終わる構成。ふたりの音楽をすっかり掌中のものにし、作曲家として咀嚼した上で、新たな「レノン=マッカートニー作品集」として紡ぎ出している。テーマを提示しアドリヴを展開、テーマを再現して終わる、というようなルーティンではない。展開のなかでテーマをパラフレーズしたメロディの断片がふいに飛び出したりする。すべてが自然に流れる。まるで即興で弾き綴っている印象さえ受ける。レノン=マッカートニー=ドブロゴス作品集とさえいるのではないか、と触れた所以である。

このアルバムの成功にオスロとレインボウ・スタジオという環境と、ヤン・エリック・コングスハウクというエンジニアの技術と感性が大いに寄与している。
試聴したオーディオ評論家でもある録音エンジニアの及川公生は“身体が震えるほどの衝撃”を受けたと告白している(及川公生の聴きどころチェック #102)。
もちろん、サウンドは音楽と切り離して存在するものではない。ヤン・エリックに“新しいサウンド”を“突きつけられた”及川は、“新しいサウンド”をまとって表現されたドブロゴスの音楽に“衝撃”を受けたのだ。及川はさらに、“リヴァーブ処理技術の隠された技に、相当に嫉妬を覚えた”とも告白している。キース・ジャレットを始め、菊地雅章、富樫雅彦、日野皓正、山下和仁など名うての名手を手掛けてきた及川公生をして“嫉妬を覚え”させるヤン・エリックの技術と感性(それを素直に告白する及川の勇気にも感動するが)。ベテラン及川に“これがスタジオ録音!”と思わせるヤン・エリックのリヴァーブ処理
はECMのプロデューサー、マンフレート・アイヒャーと開発されたものだ。稿と同時掲載される予定のアイヒャーのインタヴューでそのことが明かされている。もちろん、ヤン・エリックはアイヒャーと共同で開発した技術をそのまま流用したのではない。アイヒャーが仕切るECMの録音では封じざるを得ないテクニックを敢えて持ち出している。ドブゴロスのピアニズムと創り出す音楽がそれを促した。音楽と録音技術が相乗効果を生んだ見事な成功例である。

スティーヴ・ドブロゴスは、1956年、アメリカ・ペンシルヴァニア州の生まれ。サウス・カロナイナ州で育ち、クラシックのピアノを学びながらもポピュラー・ミュージックにも相当な感心を示していたという。1978年、ストックホルムに移住、王立アカデミーで学びながら、スカンジナヴィアのジャズ・シーンで活躍を始めた。90年代に入ってクラシックに比重を移し始め、1992年に発表した『ミサ』(合唱、ピアノ、弦楽のための)で成功、30ヶ国で演奏の機会が持たれた。2008年には『ミサ』を含むドブロゴス作品の演奏会のために来日している。
(稲岡邦弥)
試聴サイト:
http://www.curlinglegs.musiconline.no/shop/displayAlbum.asp?id=37768

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