Vol.38 | 食べある記 text by Masahiko YUH

 去る7月以来の「食べある記」。これを書いたら終わりにしようと何度となく心に言い聞かせて店じまいしようと思っていた「食べある記」が、いつのまにやら年中行事になってしまった。面白く拝見しているのだから続けて下さいよなどとおだてられて、やめるわけにはいかなくなった。意思が弱いのか、お人好しなのか。それはさておくとしても、時間と身体が許すかぎりコンサートやライヴ演奏には出かけるせいか、いいコンサートだと褒めそやしたり、人に吹聴したくなる気持が働くせいかもしれない。さらにもっといいライヴなら二重丸を付けたくなる。重い病いで1度は死を宣告されながら今日まで20年を超える歳月を奇跡的に生き延び、そのうえ元気で活動する日常を手にすることができたのも、ひとえに最上の薬剤としての生(なま)のライヴ演奏体験を肉体と精神に投与してきたからだと、今では頑固に信じて疑わない。誰が何といおうと、音楽はナマ(ライヴ)がいちばん。
 夏からこの初冬にかけて、今回も印象深い、ときには心躍るコンサートやライヴ演奏がいっぱいあった。
 演奏の良し悪しを超えて、気分が踊るコンサートが稀にあるものだ。40年前になるが、ニューポート・ジャズ祭のステージに闘病中だったルイ・アームストロングが登場したとき、思わず胸が熱くなった。こういう巨匠は元気でいてくれるだけでいい。さすがに頬はこけて痩せ衰えていたものの、あのサッチモ・スマイルを見ただけで幸せな気分になった。かかる巨匠のプレイを元気な時を基準にして批評するなどというのは具の骨頂。そんな野暮はしたくない。ルイが旅立ったのは、その1年後の71年7月のことだった。
 <80歳記念ツアー>を銘打って来演したのがテナーの巨人ソニー・ロリンズ。3000人収容という広い会場(JCBホール〜後楽園/10月4日)が老若男女の聴衆で溢れかえっているのには驚いた。前々回の2005年の来演時に楽屋を訪ねたとき“これが最後かもしれない”と呟いた同じ人とは思えないほど元気な巨匠が、通好みのスタンダード曲「Where Are You ?」を皮切りに、間の休憩を挟まず、2時間を吹きまくった。今回はいつも同行するトロンボーンのクリフトン・アンダーソンが不在(おまけにラッセル・マローンもソロの出番も多くなかった。その他ボブ・クランショウ、コビー・ワトキンス、サミー・フィゲロア)であり、いきおいロリンズのプレイが表立って増えるだろうとはあらかじめ予測できたが、実際は想像以上だった。自己のドキシー・レーベル作品で吹き込んだ圧巻の「セレナード」、エリントンの「イン・ア・センティメンタル・ムード」、ブルース曲「ニシ」などロリンズ節を横溢させたステージは、まさにロリンズならではのワンマン・バンド演奏の美学を印象づけて余りあった。キース・ジャレットの公演で来日中のジャック・ディジョネットが隣の席で身を乗り出して拍手を送っている姿にも、この巨人への感謝と深い思いが横溢しているように見えた。
 1週間後(10月12日、コットンクラブ)、ディジー・ガレスピー・アルムナイ・オールスターズでも大ヴェテランが気を吐いた。ジミーとアルのヒース兄弟。ベースの長兄パーシーが健在だったころはヒース・ブラザーズとしてジョーンズ兄弟と並ぶジャズ界屈指の兄弟グループだった。ジミーはマイルスやコルトレーンと同じ1926年生まれ。25日が来れば84歳を数えるとはとても思えない矍鑠として悠々たるテナー演奏を聴いて、ふと「老成した

感のする今日評判の若いミュージシャンに較べると、ヴェテランの中にこそ光り輝いている人がいる」(稲岡邦彌著「ECM の真実」より)と喝破したマンフレート・アイヒャーの言葉が脳裏に甦った。アルムナイ(Alumni)とは卒業生で、ガレスピー・バンドというスクールで薫陶を受けたベース奏者ジョン・リーがヒース兄弟らと結成したグループ。故ディジー・ガレスピー流のホットで情熱的な演奏を看板にしていることはいうまでもない。「グルーヴィン・ハイ」、「バークス・ワークス」、「コン・アルマ」などの故人の代表曲やジミー・ヒースの「ジンジャーブレッド・ボーイ」などに、ユニットを力強く鼓舞する75歳のアルバートの溌剌としたドラミングやパッションを爆発させるアルトのアントニオ・ハート(トランペットはグレッグ・ギスバート)のソロを含めて、脈々たるバップの伝統を受け継ぐガレスピー流ソウルの情動性豊かなジャズを久し振りに堪能した。
 ピアノがベニー・グリーンだったのには意表を突かれた方もおいでだろうが、ハードバップ時代のピアノ奏法を今に体現するファンキーな彼の演奏を聴きながら、<東京ジャズ 2010>(9月3日〜5日/国際フォーラム)の前夜祭(2日)で、ジャズの歴史的コンセプトを現代的センスと知見で自己の音楽表現に親近感をこめて注入するマイク・ノックのピアノ演奏を思い浮かべた(トリオのベースとドラムはウェイブルズ兄弟)。50年代から活動しているヴェテランはかなりいるが、かかる演奏をするピアニストって意外に少ない。現在オーストラリア・ジャズ界で尊敬を集める彼は70歳。その彼が近年若々しいパワーとセンスを発揮したのが“ビッグ・スモール・バンド ”だった。中川英二郎と太田剣を起用しての“東京”ビッグ・スモール・バンドはその日本版で、日本側の2人の健闘が光ったが、スモール・バンドでビッグなスケールの表現を狙った作曲家としてのノックはもっと注目されていい。
 しかし、斯界屈指の高齢でありながら、驚くべきパワーを発揮し、聴衆を唖然とさせたのがドラマーのロイ・ヘインズ。ジミー・ヒースより1歳上の1925年生まれの彼はまさしくこの世界の最長老だが、ドラミングはもとより合間のトークでも85歳と聞いて誰1人俄には信じないだろうと思われるほど生気がみなぎっている。ジャリール・ショウ(as,ss)、マーティン・ベヘラーノ(p)、デイヴィッド・ウォン(b)を率いてキレのいいリズムで鼓舞するロイ・ヘインズ85 & ザ・ファウンテン・オヴ・ユース・バンドのステージ(8月14日、ブルーノート東京)は、「マイ・フェイヴォリット・シングス」からコルトレーンのモード曲までの6曲すべてが圧倒的だった。まさにこれぞジャズ・スピリット! レスター・ヤングやチャーリー・パーカーのもとで腕を磨いてきた彼のサウンドはジャズの偉大な歴史の写し絵にほかならない。彼が言う「ドラムスはHeart Beat」の世界に浸った一夜であった。
 話題にはならなかったが、南アフリカ大使館の催しで来日したダラー・ブランドもソロ・コンサートの一夜(9月29日、サントリー小ホール)をもった。まったく変わっていないアフリカン・ピアノの妙味。既視感の霧に迷いこんだような錯覚を覚える。70年代初めに聴く者を虜にしたソロ・ピアノは優しさをにじませながらも健在だった。背筋もすっと伸びて、風貌も往年とほとんど変わらない。日本から帰ってすぐ、彼は76歳になった。

 ビッグバンド熱が衰えない。どのコンサートも概して入りはいいし、熱気に富む。中高生を対照にした吹奏楽団コンテストのレベルも年々向上。彼や彼女らのある者がビッグバンドの魅力に触れて開眼し、プロの人気ビッグバンドのライヴに集まる。その熱気が会場に充ち満ちているように見える。あるいは、ライヴで聴くビッグバンド演奏の快感が忘れられないというファンも少なくないだろう。
 1990年に発足した角田健一ビッグバンドが結成20周年を迎え、<Thank You Everybody>と銘打った記念コンサートを催した(10月17日,紀尾井ホール)。バブルがはじけたころだっただけに、運営上も観客動員の点でも苦労が多かったろうと察するが、努力が実って乗り越えた。タイトルには支えてくれたファンへのリーダー角田の感謝の思いがこめられている。愚直に年2回の定期公演を欠かさず試みてきたこと、デューク・エリントンと武満徹、なかんずく武満の映画音楽や小品をビッグバンド化して紹介した功績は賞賛に値する。この夜はスタンダード曲やビッグバンドの当たり曲を中心に構成した肩の凝らない内容で、たまにはこんなコンサートもいい。粒のそろったアンサンブルの良さが発揮された楽しい2時間であった。
 久々に聴いた小曽根真と No Name Horses だったが、日本ではこれ以上望めないメンツを揃えているだけに、アンサンブルといいソロワークといいエリート・ビッグバンドならではの迫力を示して余りあるライヴ演奏(8月28日,ブルーノート東京)で、軽妙な小曽根のトークと相まって、こちらもビッグバンド・ファンを存分に楽しませた。だが、驚いたことに翌日の日曜日(29日)、同じブルーノートのステージに、今度はみずからが教壇に立つ国立音楽大学のニュータイド・ジャズ・オーケストラを率いて再登場した。ジャズとクラシックを頻繁に往来しつつ、教鞭を執り、ビッグバンドのスコアを書くとは何というタフな男だろう、小曽根とは。同オケは現在大学ジャズ・オーケストラの最高峰にあるといっても過言ではない。前回の「食べある記」で触れた洗足大ジャズコースの選抜学生によるビッグバンドも例外ではないが、近年における学生ビッグバンドの充実ぶりには感心させられる。この日も小曽根のピアノと指揮のもとプロの有名ビッグバンド顔負けの緻密なアンサンブル・ワークと高水準のソロを披瀝して、客席の大きな喝采を浴びた。学生バンドに必要なのはよきコーチと、相互に競合しあいながら切磋琢磨する環境であり、優秀な女性メンバーが年々増えていることもこうした恵まれた今日の状況と無関係ではないだろう。
 一回限りのジャズならではの体験という意味で感激的だった演奏は、何といっても「バロック」と題した大西順子のコンサート(9月30日、渋谷オーチャード)と、WATTS /ワッツ(10月19日,コットン・クラブ)。
 第一線復帰を遂げてからの大西順子は一皮剥けたというより、演奏家として進む方向性と方法論を新たに見出し、みずからを奮い立たせて驀進している生まれ変わった姿が重なる。移籍第1弾『バロック』を記念して催されたこの公演は、吹込メンバーのニコラス・ペイトン、ジェームス・カーター、ワイクリフ・ゴードン、レジナルド・ヴィール、ロドニー・ウィテカー、ハーリン・ライリー、ローランド・ゲレロという斯界のトップ・プレーヤーがたった一夜のコンサートのために来演するというだけでも奇跡的だった。残念ながらウィテカーに替わってハーマン・バーニーが代役で来日するハプニングはあったものの、単にコード進行をなぞるだけの無味乾燥な方法論を打破したソロイストたちの個性的なプレイが広いホール空間をふるわせる。その新鮮な臨場体験に立ち会えた感動を振り返れば、このコンサートはまさしく奇跡だったといってよい。まして彼らをリードするのが紅一点の大西順子であれば、なおその感が深い。終盤ライリーが手首を痛めたか、日本在住のトミー・キャンベルと一時交替するというハプニングまでがおまけにつく2時間余の熱闘だった。

 ワッツの激越な演奏も想像を超えた。ワッツとはドラマーのジェフ・テイン・ワッツがリーダーで、以下ブランフォード・マルサリス、テレンス・ブランチャード、ロバート・ハーストからなるピアノレス・クヮルテット。4者はクラブ演奏とは思えぬほど、あたかも劫火燃えさかるがごとき苛烈なソロの饗宴を繰り広げた。ブランフォードやテレンスからかかるシリアスなストーリーが聴けるとは予想していなかった私にはすこぶる新鮮で、久し振りにエキサイトした。それはある意味でピアノレス演奏の妙味でもあった。マイケル・ブレッカーに捧げたブランフォードのブルースや、「I Thought about You」でのテレンスのソロなど、フリーとの境界で思いきり自由に遊ぶプレイが実にスリリング。これがワッツの考えるジャズなのか、あるいは4者の合意で編み出した方向性なのか、興味は尽きない。
 ところで、友人から聞いた話しでは、後日、演奏を聴きにきた大西順子が一騒ぎを起こしたのだそうだ。グループが日本の女性ピアニストを飛び入り演奏させたことに立腹した大西が奮然と席を蹴って退場した、と。事はそれで収まらず、彼女が Twitter と Facebook で抗議(後者は英語で)し、ブランフォードへの対決姿勢をあらわにしたことに、「彼女だってかつて我々の演奏にシットインしたことがあるのを忘れたのか」と反論するブランフォードをはじめ、メンバーも猛烈に抗議したという。その過程で彼女の Twitter と Facebook は炎上したらしい。その場に居合わせなかった私には、この事件についてあれこれ語る資格はないかもしれないが、問題は恐らく飛び入りしたそのピアニストの演奏が、お金を払って演奏を聴きに集まった彼女を含む来場者を満足させる水準になかった、との判断(大西順子の)の結果に起因するものだろう。それでなければ、なぜ彼女がかつての仲間に逆上したのかが解せない。ここではどちらが正しいかを軽々に判定することは慎みたい。ただ、私が見た初日のファースト・セットでも、ブランフォードはアンコール前の1曲「Mr. J・J」で飛び入りのトランぺッターをステージに呼び上げて共演した。むろん彼やブランチャードと並んで演奏するわけだからそれなりの演奏技術はもっている。このとき、これに目くじらを立てる人はいなかったはずだ。もし彼女が腹を立てた理由が私の推理通りなら、これを許せるか否かが受け取り方の別れ目になるだろう。
 一昨年だったか、ブランフォードが自己のグループでブルーノートに出演したときも、予定していたピアニストが初日に間に合わず急きょピンチヒッターが起用された。それが片倉真由子だった。そのときはむしろ彼女のプレイを初めて目の当たりにして、惚れぼれさせられたことを思い出す。他の人はいざ知らず私はこの起用をむしろ歓迎した。ブランフォードや彼の仲間はかつてのジャム・セッションに通じる演奏者同士の自由な交流を楽しむ、そのスピリットを失っていないのかもしれない。
 スピリットといえば、ギラ・ジルカのジャズ・ヴォーカル・スピリットに再び酔わされた。過日JTの新譜紹介で彼女が歌手としての20年目の集大成として発表した初のジャズ・ヴォーカル作を誉め尽くしたばかり。10月末から11月にかけての5日間催された第6回「銀座国際ジャズ祭」で彼女と矢幅歩が竹中俊二のギター1本で熱唱したが、矢幅が歌唱力豊かなギラと対等に歌って見劣りせず、「Moody's Mood for Love」などのデュエットで人々を魅了した(11月1日、ヤマハ銀座店テラス)。何といっても竹中の達者な伴奏に乗って伸びのびと熱唱する、ギラの鍛えられたヴォイスとジャズ・ヴォーカル技法にまたもやノックアウトされたひとときだった。これほどのジャズ・ヴォーカル術を持ちながら20年も秘密にしていたとは、ね。

 ジャズ(系)が大賑わいだった今回は、ほかの分野で印象深かったコンサートに触れる余白がなくなった。寸評の余地しかないことをお侘びする。
@作曲家の個展/第30回記念特別演奏会(10月5日、サントリーホール)
A武満徹80歳バースデー・コンサート
 (10月8日、東京オペラシティ・コンサートホール)
B出雲蓉の会/女・おんな・をんな〜地唄でつづる女の一生
 (11月2日、国立劇場小劇場)
C藤井泰和/第16回地歌演奏会(11月4日,紀尾井小ホール)
D藤井昭子演奏会10月15日,紀尾井小ホール)
E山木七重リサイタル(10月14日,紀尾井小ホール)
F砂崎知子/筝リサイタル〜協奏曲の夕べ(9月27日、津田ホール)
G宮下秀冽/2010箏・三十絃リサイタル〜箏曲演奏会 
 (11月3日、東京証券会館ホール)
Hアンサンブル遊聲/コンサート2010〜声明と雅楽
 (10月30日,北とぴあ・さくらホール)
I細山伶観コンサート〜尺八の遊び心(10月21日、中目黒GTプラザホール)

 サントリー芸術財団主宰の「作曲家の個展」は1981年に始まった。今回は21世紀の受賞者、望月京、北爪道夫、近藤譲、第1回のピアノ協奏曲第2で受賞した松平頼則の遺作という4曲(梅田俊明指揮、東京都交響楽団)。ハーモニーの微細な変化が曲のニュアンスと色調を刻々と変えながらクレッシェンドする近藤譲の「夏に」(2004年)の緻密なオーケストレーションに酔う。さらに印象深かったのが松平の遺作となったピアノ協奏曲第3番(ピアノ野平一郎)。受賞曲ではないが、献呈された野平が厳密には未完成の同曲を完全な譜面に仕上げて初演。若いころから前衛作曲手法と雅楽とを融合させた音世界を模索し続けた故人の発想が印象的に窺える。催馬楽や青海波を取り入れたこの協奏曲は故人の遺言書と考えてもいい興味深い達成といってよいのではないか。
 14年前に亡くなった武満徹の生誕80年を記念するコンサートは、生前の故人と親しかった英国の作曲家オリヴァー・ナッセンとピアニストのピーター・ゼルキンをゲストに迎えた(東京フィルハーモニー交響楽団)。ナッセンは故人の2作品や自己の代表作「ヤンダー城への道」などの指揮に、作品の構造を明解に示したうえで細部を精密に仕上げる心憎い指揮ぶり。ゼルキンと共演した武満の「リヴァラン」と「アステリズム」では、緊張感をたたえた禁欲的なゼルキンの演奏と相まって感銘深い聴きものに。前者ではピアノが天空から星が無数に舞い降りるかのよう。故人と心通わせる2人の献身が聴衆の気持と共振する。終了した直後の数十秒の沈黙がすべてを物語った。流行語に倣えば、まさに極上のクロスカップリングであった。
 B以下は邦楽。こちらでも意欲的な催しが多かった。このうち藤井泰和と山木七重は芸術祭参加公演で、結果の発表前の寸評は遠慮したい。
 地唄に乗せて女の情念を舞うのが地唄舞。「おんな」は今や地唄舞の第1人者、出雲蓉の一貫したテーマで、1人の浪速芸者の運命に翻弄される半生を全7景にわたる根を尽くした彼女の舞が見る者を惹きつけて放さない。色気ではなく情念の移ろいの美。振幅に富んだ情念の揺れが出雲の舞で繊細かつ情味豊かに流れていく。運命をあるがままに受け入れた女の凛とした心の静けさを舞う最終第7景の「雪」。高橋翠秋の胡弓が涙を誘った。
 砂崎知子と宮下秀冽の両ヴェテランの衰えぬ意欲とチャレンジ精神にも、私は常日頃から敬服している。三十絃琴の第一人者らしい宮下の今回のリサイタルでも、藤原道山(尺八)との「二重奏曲」など4曲で15年を超える彼女の三十絃の研鑽と情熱が聴く者に迫った。一方,砂崎知子も負けてはいない。宮城道雄の「越天楽変奏曲」に始まり,長澤勝俊「箏協奏曲」、船川利夫の尺八との「複協奏曲」、同じく尺八との唯是震一による「協奏曲」などで、宮城合奏団らの賛助出演を得た変化に富んだ邦楽コンチェルトの面白さを堪能させた。長澤作品でのカデンツァに彼女の研ぎ澄まされた技法が印象深い。ヴェテランらしい心配りの演奏だが、2人の演奏にはヴェテランに見られがちな皺(しわ)がない。
 過去にも取りあげた藤井昭子。今回は<手事>に焦点を当てた選曲で、地歌ならではの筝と三弦による手事の迫真的ともいえるアンサンブルの疾風が爽快だった。こういう手事はビッグバンド・ジャズでのサックス・ソリを思わせる。即興ではないが、即興的であれば間違いなくスリリング。「尾上の松」での宮城道雄の手付けらしいモダンなパッセージ、「西行桜」での藤井の三弦と米川文清の筝による長いドラマティックな手事に拍手。
 わが国の仏教声明が邦楽すべての源泉であることを、海外での評価も高いアンサンブル遊聲(86年結成)の演奏会でまたも痛感させられた。結成の機縁を導いた細川俊夫の声明と雅楽アンサンブルのための「マンダラ」(第2部)で、天台声明の響きを通して人間の根源としての声を表そうとした展開を興味深く聴いた。
 尺八の細山伶観は学生時代に吹奏楽団でサックスを吹き、河辺公一(トロンボーン)のバンドでも演奏したユニークな経験をもつ。彼の属する伶風会の尺八アンサンブルが後半ジャズ・コンボと共演し、「A列車でいこう」や「テイク・ファイヴ」などのスタンダード曲を嬉々として演奏。こんな毛色の変わったジャズもたまには楽しいものだ。(2010年11月25日)

悠 雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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