音の見える風景
音の見える風景

Chapter 11.ジェームス・カーター
photo&text by 望月由美

撮影:1999年11月16日
新宿シアターモリエールにて



 サックスの巨人達がジャズ・シーンを牽引してきた頃はジャズがもっと熱く、輝かしい光を放っていたように思う。チャーリー・パーカー然り、コールマン・ホーキンズ然り、ソニー・ロリンズ然り、そして、エリック・ドルフィー、ジョン・コルトレーンといったサキソフォン・コロッサスはその存在そのものがジャズだった。勿論、ロリンズやコニッツはいまだ健在だし、ブロッツマンにしろ、ロヴァーノにしろ、名手は沢山いる。しかし一音にしてその場の雰囲気を漆黒に染めてしまうエネルギーをもって、ひときわ光彩を放っているのがジェームス・カーターである。ジャズはもとよりのこと、R&Bからブラック・コンテンポラリー、ラップに至るまで、あらゆるジャンルをその様式の上に立って緩急自在に音を紡いでゆくジェームス・カーターの音の力には圧倒される。

 はじめてジェームス・カーターを耳にしたのは1993年のワンホーン・カルテット盤『JC・オン・ザ・セット』 (DIW)で、その驚愕的なビッグ・トーンと矢継ぎ早に繰り出される連続放射にすっかりまいってしまった。とりわけ2作目の『ジュラシック・クラシック』(DIW)ではデューク・エリントン、セロニアス・モンク、ジョン・コルトレーン、クリフォード・ブラウン、ソニー・ロリンズといったジャズ・ジャイアンツの曲に真正面から正攻法で取り組み、ジャズの伝統を改めて再提示する姿勢が新鮮であった。

 そして、初めてジェームス・カーターを目の当たりにしたのは1999年の11月。リチャード・デイヴィス(b)、ジョン・ヒックス(p) 等と共に来日した際のコンサートで、わずか1メートルという至近距離でジェームス・カーターを聴く機会を得た。とにかく音が硬質で大きく、深いのに驚く。身体の中から湧き上がってくる情熱を全て音に出したいと云う強い衝動にかられているかのように、次から次へと溢れ出るアイデアを自由奔放に吹き分ける。一回ソロをとるたびに素早くリードを替え、使用済みのリードは床に投げ捨てる。ジェームスが投げた使用済みのリードが足元に飛んできた。リードはリコの#3であった。休憩時間もまるで未だ吹き足りないかのように、かたときも休まずバック・ステージでサックスを吹き続け、その音は楽屋を突き抜けて客席に充満する。この夜のステージでジェームスの音へのこだわり、執着をしっかりと見ることができ、ますますジェームスへの関心は深まっていった。それから暫くしてアルバム『チェイシン・ザ・ジプシー』(Atlantic)がリリースされた。ジャンゴ・ラインハルトゆかりの曲をジェームス流にアレンジしたものであるが<Nuages>でのバス・サックスの深い、震えるような重低音がジャンゴへの郷愁を誘ってくれた。バス・サックスのロング・ソロはロスコー・ミッチェル以来の経験でますますジェームスから目が離せなくなったのである。

 


 1969年1月3日、デトロイト生まれ。1991年レスター・ボゥイのNew York Organ Ensembleでの活躍で注目を浴びる。自己のファースト・アルバム『JCオン・ザ・セット』は1993年、23歳の時の作品である。マスター・ミュージシャンは往々にしてデビュー時から楽器コントロールも完璧で能弁に自己表現をするものなのだということを改めて実感した。ソプラノ・サックスからバス・サックスまでをいとも易々と駆使し超高音域から超低音域までワイド・レンジに音をちりばめ、イリノイ・ジャケーからエリック・ドルフィー〜ジョン・コルトレーンを軽々とこえて豪放で溌剌とした世界をクリエイト。

 能弁であるが曖昧な部分がなく、剛直で大胆であるが精妙さも持ち合わせており痛快で、面白くて、興奮の連続である。かつてロバート・アルトマンの映画『カンサス・シティー』ではベン・ウエブスター役で迫真の演技も見せるなど多芸な面も見せている。また、マイケル・カスクーナがプロデュースした近作『プレゼント・テンス』(Emarcy) やジョン・メデスキ(organ)等とのブルー・ノートのライヴ盤『Heaven on Earth』(Half Note)でもサキソフォンの全音域を微弱音から轟音までいとも容易く吹きまくりジャンゴ〜ベイシー〜エリントン〜ドルフィー〜コルトレーン等先達の世界を回想しながら自己の音楽を猛烈にアピールしている。この2作はもう全くのジェームス・カーターのショーケースとなっている。

 ジェームス・カーターは昨2010年の9月には大西順子のスペシャル・ライヴ『バロック』に出演するために来日した。また、今年2011年の春にはサキソフォン協奏曲のリリースが予告されている。常にブラック・ミュージックの伝統を回帰しながらも、更に新しい扉を開いて異次元のメッセージを届けてくれることを期待したい。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.