MONTHRY EDITORIAL02

Vol.39 | 東日本大震災にあたって Text and illustration by Mariko OKAYAMA


 東日本大震災で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。
 地震、津波、そのうえ原発の放射能被害で、農産、畜産、水産物までが深刻な打撃を受け、当地の方々の不安と苦悩はいかばかりかと、胸痛む日々です。直後の東京では、なぜかガソリンスタンドに長蛇の列。米、水、パンがスーパーやコンビニから消えました。被災した方々が互いに思いやる姿に対し、我先に買い占めに走る首都圏の人々。人間の尊厳というものを思わずにいられません。
 震災当初はコンサートの中止が相次ぎましたが、ここ数日来、チャリティー・コンサートの知らせがちらほら舞い込むようになりました。音楽の力を信じてのことです。被災地の学校の生徒さんたちが、合唱で避難所の方々を励ます記事もいくつか読みましたが、聴き手の方々は必ず『ふるさと』で涙をこぼすとのこと。生徒たちの清冽な歌声、そしてこの曲は、ダイレクトに人間の心を揺さぶるのでしょう。
 先日、たまたま家人がつけたTVで、和田アキ子さんが「あの鐘を、ならすのはあなた〜」と熱唱するのを聴き、思わず近寄って画面を凝視しました。彼女は涙を一杯ため、身体を震わせながら声を振り絞って歌っていて、それが被災地の方々への応援歌であることを知りました。次いで、番組のしんがりに出てきた布施明さんは、アカペラで『上を向いて歩こう』を歌い始め、それから伴奏にのって胸に手をあて、空を指差しながら、心のこもった歌声を聴かせました。
 私は最後のこの二人しか聴きませんでしたが、ステージに並んだ歌手たちのそれぞれの歌声はきっと被災地の方々の心に届いたことと思います。

 作家の池澤夏樹氏が朝日新聞のコラム『終わりと始まり』(4月5日夕刊)で、今回の大震災について「正直に言えば、ぼくは今の事態に対し言うべき言葉を持たない。」と書いています。そうして、自分として、「なじらない」「あおらない」を当面の方針とした、と。私は彼のような素晴らしい文筆家ではありませんが、ほんとうにその通りだと思います。それでは今、ここで私は、何を書いたらよいのか。
 まず、本誌のコントリビュータでもある若林恵さんが、追悼と激励の音楽の花束を贈ろうと企画なさいました。このサイトには本誌のメンバーも含め、大勢の方々がそれぞれの想いをこめた1曲を捧げ、私も一輪を添えさせていただきました。http://www.facebook.com/pages/HEART-IS-IN-THE-RIGHT-PLACE-Music-Prayer-for-Japan/142080202526284 #
 それからもう一つ、ぜひご紹介したい方々がいます。縁あって、訪れるようになった富士五湖の一つ、本栖湖の湖畔に立つお寺に居る台湾の方々の、大変なご尽力についてです。本山が台湾にあり、世界各地に寺院を持つ臨済宗のこの湖畔のお寺は、ほとんどが尼僧の方々で、大震災の翌日から、台湾からの膨大な救援物資の分配と搬送に大変な努力をして下さいました。ただ、物資は届いても、適切な日本の窓口を知らないとのことで、我が家がそのルート探しの一端を担うことになりました。
 海外からの救援物資は、なかなか搬入が難しいらしく、また、煩瑣な手続きなどあり、当初は被災地の役所(それも壊滅状況)もわからない、といった状態でしたので、NPOや、そこから広がる人脈を通して、被災地の方々に直接、救援事項を繋ぐ必要がありました。それについては、本誌の稲岡邦弥編集長にもご助力いただきました。

 


 当初は、横浜、成田、羽田と、台湾からどんどん到着する総計400トンの救援物資をどう被災地に運ぶかのルートも手段も手探りでしたが、やはり台湾の方が経営する会社が無償で運搬を引き受けて下さり、ようやく最初の10トントラックが仙台に向けて走り、その後ろを5名の尼僧さんたちがワゴンでついて行ったのです。彼女たちは仙台に入る道すがら、その被災状況のすさまじさに、メディアで流される映像よりもっと酷かった、と言っていました。そうして、宿泊もせずに(宿泊施設が一杯で泊まれなかったのです)そのままお寺に引き返して来たとのことでした。
 お寺の御住職は、台湾地震の時は、日本にどれほど助けられたか、その恩返しだ、と言って、文字通り、獅子奮迅の活動を続け、いまなお、続けています。また、台湾からは、官民合わせて100億円の義援金も贈られ、震災孤児となった子供たちのための育英資金になるとのこと。救援物資のリストとともに、その贈呈式も、この4月1日に行われたとのことです。
 日本は先の大戦で、アジアを植民地化し、中国、韓国からはとりわけ政治的な批判・非難を今日も受けていますが、なぜか台湾の方々にはそうした姿勢が見受けられません。温暖な地が、やはり土地と同じ、温和な心を育てるのでしょうか。
 私がお寺を訪れると、部屋には「お帰りなさい」というカードとともに、お菓子や飲み物がたくさん置かれています。そうして、みんなニコニコ笑顔を向けて下さり、それだけで心身が癒されます。私は無神論者で、神も仏も信じませんが、黄土色の美しい僧衣をまとったこのお寺の方々の優しさは信じます。日本の寺の「葬式仏教」とは、かけ離れた心のありようと清々しさ。
 今回の大震災にあたり、日本の寺も被災者受け入れや救援に立ち上がったようですが、本来なら、それは日常でも、そうあるべきものではないでしょうか。雇用不安で希望を持てない若者たち、報酬に見合わぬ仕事で疲れ切った人々、心身の病に悩む人々の心の支えとなり、安心(あんじん)を与えてくれるべき寺が、今は全く機能せず、ただの葬式仏教となっている日本の現状。西洋の教会がいつでも、誰もに開かれ、何かを考え、祈る場となっているのにくらべ、そう、いみじくも、前述した若林さんは、「日本には祈る場がない。だからせめて音楽で祈りを。」と言っていました。

 以上、台湾のお寺の方々の話をご紹介しましたが、宗教がらみの救援は、概して拒絶反応がある、とのこと。それは、嘆き悲しむ人々の心に、自分たちの宗教を押し付けるようなふるまいがありかねない、ということのようです。人間は心身ともに弱ると、何かにすがりたくなる。そういう弱さにつけこんで、自らの宗教に引き入れる、というのは、よくあるパターンだし、私もそうやって、さまざまに信者になってゆく人をずいぶん見てきました。今回の台湾の方々に、それは皆無ですけれども。
 人間、「信じれば救われる」のかどうか。イデオロギーも含め、人はどこかに「拠り所」が欲しい生き物で、音楽もまた、そこに根を持つものでしょう。
 音楽のあるところすべてに、祈りがある。あるいは音楽のあるところすべてが、祈りの場である、というふうに今は信じたい気がします。(4月9日記)

丘山万里子

丘山万里子:東京生まれ。桐朋学園大学音楽部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。日本大学文理学部非常勤講師。著書に「鬩ぎ合うもの越えゆくもの」(深夜叢書)「翔べ未分の彼方へ」(楽社)「失楽園の音色」(二玄社)他。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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