Vol.10 | バール・フィリップス@横濱インプロ音楽祭2005
Barre Phillips @Yokohama Impro Musica 2005
(c) Kazue YOKOI

 ベースもソロ楽器となりうるということを最初に示したのは、バール・フィリップスではないだろうか。
 世界で最初のベース・ソロ・アルバム『ジャーナル・ヴィオロン』(Opus One)を1967年に出したのも単なる偶然ではなく、必然性があったと今にして思う。そしてまた、ECMを立ち上げて2年後の1971年、マンフレート・アイヒャーが前代未聞のベース・デュオ・アルバム『ミュージック・フロム・トゥ・ベーシズ』をフィリップスとデイヴ・ホランドで制作しようと思い立ったこともまた。もちろんそれまでも優れたジャズ・ベース奏者はいたし、60年代以降のフリー・ミュージックにおいてフィジカルにその極限を追求する演奏家もいた。だが、フィリップスの場合は彼らとは少し違う。ベースの魅力である他の楽器にはない豊かな倍音、その奥深い響きの中で構築されるそのサウンドは、音の嵐が吹き荒れていたフリージャズ時代の直中でありながらもその一歩先を見据えたものだったように思えるのだ。
 フィリップスがフランスに移住して40年近く経つ。そして、私が実際に観たステージの大半が即興演奏家との共演であったこともあってか、彼がサンフランシスコの生まれで、オーネット・コールマンが出てきた頃の西海岸の音楽シーンを知る人であり、そこから自身の表現に向かうようになったことをつい忘れそうになる。だが、エリック・ドルフィー、ジミー・ジュフリー、アッティラ・ゾラー、リー・コニッツなどと共演盤が残されていることからもわかるように、彼のバックグラウンドは深くジャズと繋がっているのだ。時折聴かせるフレージングの流麗さはそんなところと関係あるのかもしれない。
 そして、最初に渡ったイギリスでジョン・サーマン、スチュ・マーチンとのザ・トリオを1969年に結成するなど、ヨーロッパにおけるフリージャズからフリー・ミュージックへの流れと深く関わっていくのである。いちばん最近の来日がウルス・ライムグルーバー・トリオ(ジャック・デミエール、バール・フィリップス)にローレン・ニュートンが加わったユニットだったことからもわかるように、力で押すようなフリープレイではなく、ソノリティにこだわり、空間を立体的に構築する即興演奏家との相性もいい。

 

 インプロだけではなく、ジャズ、邦楽、タンゴなど様々なジャンルの音楽家と共演を重ね、またダンスや美術など様々な分野の表現者と交流しているベース奏者齋藤徹はフィリップスと親しく、度々日欧で共演を重ねている。2005年の横濱インプロ音楽祭でもウルス・ライムグルーバーのユニットだけではなく、齋藤とのデュオもプログラムに組まれていた。その前年にこの二人は互いが所有する19世紀後半に製作されたコントラバスGand & Bernadel(略してガンベル、糸巻き部分にライオンの頭部の彫刻があるのが特色)を交換。そのために来日したフィリップスと「2頭のライオン物語」と題して日本をツアーしている。齋藤がガンベルを購入したのは、フィリップスが所有するガンベルの音に魅せられたからである。だが、製作年が違うことや齋藤が購入したベースは百年以上眠っていたこともあって音色が違う。齋藤のたっての希望もあって、ベーシストからべーシストへ弾き継がれてきたガンベルと眠りから覚めたばかりのまだ若いガンベルが交換されることになった。だから、2005年は2頭のライオンの再会セッションだったのである。楽器は入れ替わったが、演奏家自身が持つ音色が変わるわけではない。齋藤は齋藤、フィリップスはフィリップスなのだ。互いによく知るだけに自然体のダイアローグ。それゆえか、いにしえの響きから生まれたてのサウンドまで百歳を超えるべースからさまざまな音が引き出され、豊潤な空間が立ち上がったのである。
 ピチカートでもアルコでもフィリップスの技術は卓越している。だが、それは裏付けとしてのテクニックであり、それを前面に出すことはなく音楽そのもので聴かせてしまうところに本当の凄さがあるように思う。1934年生まれのフィリップスは今年喜寿を迎える。奇しくも同じ誕生日に生まれたフィリップスと齋藤、そして2頭のライオンの再会セッションが近いうちに日本で実現することを願いたい。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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COLUMN
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#10 Contents
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