Chapter 13.マイルス・デイヴィス
 photo&text by 望月由美

 撮影:1983年5月29日
 よみうりランド・オープンシアターEASTにて



 書架の中から、『マイルス&クインシー、ライヴ・アット・モントルー』(Warner)のVHSテープが見つかり久しぶりに見直してみた。1991年7月、モントルー。マイルスが亡くなる2ヶ月程前の演奏である。ギル・エヴァンスのスコアを基にクインシーが手を入れ、マイルス&ギル・ミュージックを再演したもので、2ヵ月後の出来事など全く予期していないようなパワフルなマイルスの姿に、いつしか東京よみうりランド・オープンシアターEASTの “MILES&GIL JAPAN TOUR ‘83” に想いを馳せた。当時のネガをコマ送りして見ていると午後2時から始まったマイルス・デイヴィスのセプテットの姿が蘇った。降り注ぐ太陽の光をはねかえす様なブリリアントなトランペットが鳴り響き、大地に向かって吹くマイルスの力強いサウンドは途切れなく続いた。とりわけ、オープン・トランペットで延々と紡ぐスロー・ブルースは思わず踊りたくなるような興奮を呼んだ。それは多分マイルスがいつの時代もブルースの心をもち続けていたからなのであろう。マイルスはパーカーと競演していたころから時代の先端を走り続け、ジャズを先導してきた。常に未知の扉を開けるのはマイルスなのだが、マイルス自身は変わらないというマイルス・マジックを見た思いでもあった。この日のマイルスはいま思えば、もし、リズムがロン、トニー、ハービーに代わったなら60年代の黄金のクインテット時代と変わらないようなハード・ブローだったなぁと遠い昔を想う。リズムの洪水の中にあってマイルスのサウンドは常にマイルスそのものであったことを改めて実感した昼下がりのオープンシアターEASTであった。
 ビル・エヴァンスのサックスにジョン・スコフィールドとマイク・スターンのツイン・ギター、アル・フォスターのドラムスにトム・バーニーのエレクトリック・ベース、ミノ・シネルのパーカッション。そしてマイルスという、いま考えると実に豪華なセプテットである。

 1983年といえば早いものでもう28年という年月が経っている。この頃のマイルスがどのようなステージにあったのかを調べてみるとアルバム『スター・ピープル』(1982〜83年、CBS)の録音直後ということになる。当時のマイルスの軌跡をたどっているうちに、評論家の児山紀芳さんが来日直前の1983年の3月、マイルスを半日に亘ってインタヴューした文章が見つかった。児山“BOXMAN”紀芳○秘取材ノートが明かす「ジャズ・ジャイアンツの肖像」(スイングジャーナル社・臨時増刊号)の<マイルス・デイヴィスと一緒に泳いだ日>の稿である。当時のマイルスは一年ほど前から水泳が日課となっていたようで、児山さんがニューヨークのプラザ・ホテルのプールでマイルスと一緒に泳いだあとランチを共にし、その後マイルス宅に移動してインタヴューを行ったときの“BOXMAN”ノートに当時のマイルスが、如何に体調が良かったかを克明に描いている。マイルス曰く、もうこの脚ではボクシングは出来ないから一年前から泳ぎ始めたのだ。腹筋を鍛えることになるからね。トランペットの音が良くなったよ。ロング・ノートを吹き伸ばせるようになったし、パワーも増したしね。

 


オープンシアターEASTでのマイルスの力強さはこうした鍛錬から創り出されていたのである。そしてもう一つ、興味深い話はブルースについての児山さんとマイルスのやりとりである。児山さんの『スター・ピープル』でなぜブルースを演奏したのかという問いかけに対し、マイルスは、自分はいつの時代でもブルースをやっているんだといい、胸に手を当て、ここにブルースの魂が宿っているんだと言っている。サウンドと精神はブルースなのさ、ブルースっていうのはそれぐらい自由に表現出来るものなんだとマイルスは語っている。同じ本の中で児山さんはギル・エヴァンスからもマイルスについて、マイルスのサウンドはいつもブルースそのものだ、マイルスのトランペットの音そのものがブルースだから、彼はどんな時でもブルースそのものなのさ、というマイルス論を引き出している。よみうりランドに鳴り響いたマイルスのサウンドがブルージーに聴こえた謎がこの“BOXMAN”ノートを見ても理解が深まるのである。

 アル・フォスターとミノ・シネルの多彩なリズムに乗ってビル・エヴァンスが気持ち良さそうに歯切れの良いサックスを吹く。デイヴ・リーブマンゆずりの尾をひくようなロング・フレーズは未だに印象に残っている。マイルスは当時、ビル・エヴァンスを信頼していたようだ。そのビル・エヴァンスの紹介で加入したというジョン・スコフィールドとマイク・スターンのツイン・ギターもグルーヴィーなフィーリングで青空に吸い込まれていった。時おり響くジェット・コースターの音も邪魔にはならない。
 エンディングにお馴染み<ジャン・ピエール>のテーマが始まると、オー、というどよめきと大歓声が多摩の山に響きわたった。みんな両手を上げてマイルスを讃えた。初夏の太陽を浴びながらの至福の一時間であった。

 マイルスについては多くの研究家が著書を出しており様々な局面からマイルスについて論じられ、その破天荒な私生活も自叙伝のかたちで語られているが、その長いキャリアの全時代を通じてマイルスのトランペットからはどのような環境にあっても常にファンタスティックなサウンドが創造されていたことだけは大方の一致しているところである。マイルスは常にベストを尽くす真のプロフェショナルであり、そこが帝王と呼ばれる所以なのであろう。親日家で知られるマイルスにとっても「よみうりランド・オープンシアターEAST」でのひとときは快い空間であったに違いない。
 「よみうりランド・オープンシアターEAST」にはチック・コリアやキース・ジャレット、ウエイン・ショーター等の名演が記録されているが、“MILES&GIL JAPAN TOUR ‘’83”も歴史に残る名パフォーマンスであることは間違いない。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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