Vol.12 | ペーター・ブロッツマン@新宿ピットイン2008
Peter Broetzmann @Shinjuku Pit-Inn 2008
(c) 横井一江 Kazue YOKOI

 ペーター・ブロッツマンが3月6日に古稀を迎えた。彼は言わずと知れたフリー・ミュージックのアイコン、ヨーロッパ・フリー第一世代のミュージシャンの中で日本では最もよく知られた、馴染み深い人物だろう。

ブロッツマンのあのように強くてワイルドな音はどこから生まれたのか、と考えることがある。フリージャズが席巻した60年代は、政治的なことと社会的なことが少なからず結びついた時代だった。なぜ彼を初めとする当時の若いミュージシャンが演奏したフリージャズは暴力的ともいえるパワー・プレイだったのか。その頃、アメリカでは公民権運動がピークを迎え、またベトナム反戦運動、学生運動なども起こっていたことは誰でも知っているだろう。そのような世界的な風潮に加えてドイツの場合、敗戦国ならではの国情がもたらした事情もあった。実際の戦争を知らない戦中から戦後に生まれた世代は、戦争の責任はナチズムにあるように教えられていたものの、実際のところ何が起きたのかは知らされていなかった。父親の世代は全て終わった、罪悪感や恥じることはないというだけだったという。誰しも第二次世界大戦は最後の戦争でもう二度と戦争は起こってはいけないと思っていたにもかかわらず、ドイツでは再軍備が行われることになった。それで、アデナウアーやそれに続く政権に反対しなければいけないと当時ドイツの若者は思ったのである。それに呼応するように学生運動が起こり、それはアメリカのベトナム戦争反対の声と相まって60年代後半には学生運動はピークを迎えるのである。ブロッツマンはいう。「座ってキレイなメロディーを聴いている場合じゃなかった」と。しかし、若者はやはり青臭いもので、学生運動の理想もやはり愚かさを孕んでおり、何かを変えられるというのは所詮「幻想にすぎなかった」といえる。
そういう時代はとうの昔に過ぎ去った。フリージャズがそのパワーを全開させ、時代の空気と共振していた時代が終わってもなお彼がその存在感を失わないのはなぜだろう。それは個の表現者として屹立した自己を持ち続けているからに違いない。ブロッツマンの演奏だとすぐわかる音色、独特のバイブレーション、楽器コントロール能力と表現の豊かさをもって、豪快でありながら繊細に、そして緻密にサウンドを構築していく術にある。

 

 何度も日本やドイツなどで観てきたブロッツマンだが、最近の演奏で最も印象に残ったのは、2008年5月に新宿ピットインで行われたHeavyweights!と題したライヴだ。日本ジャズ界最高峰といっていい二人、佐藤允彦と森山威男によるトリオである。終演後、思わず「フリージャズ復権!」と言いたくなってしまった。この企画をセットした仕掛け人、マーク・ラパポートに拍手である。合計年齢200歳超にして、演奏はフレッシュ!剛勇無双、確かに60年代・70年代のケダモノが猛進するようなパワーはないかもしれないが、とにかく胆力が違う。日本の聴衆は控えめであるとよく言われるが、客席は静かに熱していた。かつてフリージャズを聴いていた熟年層だけではなく、若い聴衆もチラホラ見えた。閉塞感のある状況をブチ壊してほしい、という聴衆の気持ちが彼らの演奏に感応していたのかもしれない。演奏に70年代的な「熱さ」を感じたのはなぜだろう。彼らの音楽は「昔の名前で出ています」というノスタルジーで聴く音楽には骨太すぎる。今ここに生きる我々の感性を揺り動かすパワーがあるのだ。終演後、一陣の疾風が通り抜けた後のような心持ちになったのである。「ジャズは社会的なものだ」ともいうブロッツマン。彼のフリージャズが古くさくならないのは、もしかするとその一点を押さえているからなのかもしれない。政治に対して無関心でいることなどできない現代において、彼の音楽にある種のリアリティを我々が覚えるのは、それが実存的な音楽だからなのだろう。
そういえば、何回もブロッツマンを観ているのに、ピアニストが入った組み合わせでのライヴはその時初めて観たことに気がついた。70年代半ばまでは、フレッド・ヴァン・ホーフとハン・ベニンクとのトリオで活動していた。それは時代を象徴するようなフリー・ミュージックだった。その後は皆無ではないにしろ、ピアニストとの共演は少ない。ピアニストとの共演にもはや興味がないのかと思いきや、翌日言葉を交わした時にこのトリオで再びやりたいと言う。佐藤さんとの共演には可能性を感じる、森山さんもファンタスティックなドラマーだ、と。そして、2010年11月に再演することになるのである。佐藤允彦とは、今年2011年1月に毎年オスロで開催されるポール・ニルセン・ラヴなどのミュージシャンがオーガナイズする即興音楽のフェスティヴァル、オール・イアーズ(ALL EARS)にデュオでも出演する運びとなった。なにか音楽的に一脈通じるものがあったのだろう。

不良オヤジというのはカッコいい。ブロッツマンには永遠に不良オヤジでいてほしいと思う!

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
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#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
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