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Vol.60 | ニューオーリンズ     1970
text by Seiichi SUGITA

『欲望という名の電車』(テネシー・ウィリアムズ)に無性に乗りたくて、ジョン・F・ケネディ空港からデルタ航空でニューオーリンズへ向かう。時は、1970年8月である。
「ジャズ誕生の地」というわりには、ジャズが聴こえてくるエリアは思ったよりも狭く、“フレンチ・クォーター”と名付けられた一角だけである。いわゆるジャズ・クラブはいくつかあるが、どこも決して満席ではない。というのは、どこも入口は開け放たれていて、客席はパラパラ。みんな入口付近でジャズを楽しんじゃってるのです。例外的に、床までギッシリ入るのは、<プリザベイション・ホール>ぐらいである。ここでは、ニューオーリンズ・ジャズの生がとことん楽しめる場。<ホール>とは名ばかりで、町内会のちっぽけな集会場みたいなところと思っていただきたい。
 ここもホール内よりも、外で楽しんで聴いている方が多い。リクエストを受け付けるんだけれども、「聖者が街にやってくる」だけが高く、5ドルである。
「5ドルで聖者がやってくる街」ニューオーリンズ(といってもほんの一面なのだけれども)というところは、はっきりいって、観光地以外の何ものでもない、と言い切ってしまおう。まあ、ニューオーリンズ・ジャズとは、古典芸能みたいなものです。
 地下に<ジャズ博物館>があるのだけれども、お定まりのジャズの歴史がほんの入門的に分かるだけで、期待はずれもいいところ__。必ず歴史書に出てくる、高級娼婦館のマダム、ルル・ホワイトの写真が、ルイ・アームストロングと同じぐらい大きく飾ってある。唯一、興味をひいたのは、サッチモが少年院で吹いていたというラッパ。サッチモ少年は、クリスマス・イヴに、飲んだくれ、だまって持ち出した父親のピストルをバンバン射ちまくって少年院送りとなる。厚生のために与えられたのがラッパだったというわけ。
 厚生といえば、ニューポート・ジャズ・フェスティバルの名物司会者、ノーマン・オコーナー神父も、不良少年たちに楽器を無償で提供し、ジャズを教えているって知ってたかしら?
  <プリザベイション・ホール>で、よく出ていたのは、キッド・トーマス(tp)。この方こそ、人間国宝みたいな方で、おそらく現在(2010年)、本格的なニューオーリンズ・ジャズをニューオーリンズへ行っても聴けないものと思われる。
 つまり、ニューオーリンズ・ジャズというのは、ジャズ誕生の頃から、ずうっとやってきた黒人あるいはクレオール(黒人奴隷とフランス人との混血)の間で演奏されている伝統音楽のことをいう。
 だから、日本人や白人が、ニューオーリンズ・ジャズのスタイルをしっかり継承したとしても、それらの音楽は、すべからく、ディキシーランド・ジャズとして区別されるべきだと、ぼくは思うのだけれども、いかがなものか?ぜひ、日本ルイ・アームストロング協会の、外山嘉雄(tp)におたずねしたいもの。外山夫妻(妻君はバンジョー)は、現在、東京ディズニーランドの花形スターだときく。

 

 ちょいとここで、ジャズの歴史をひも解いてみましょう。アフリカから、連れて来られた黒人奴隷が、ニューオーリンズで演奏するようになったのが、JAZZだなんてえ乱暴な説があるようだけれども、そんなわきゃぁ、ないよね。いくら文字文明を有したことのないアフリカの黒人だからって、ピアノがそうそう弾けるわけがない。いわゆるクレオールは、アフリカからやってきてお屋敷に買われた奴隷を指導する立場にある人々で、ピアノを幼少より習った人が相当数いたと考えられるのです。
 ニューオーリンズは軍港である。唯一公娼が認められた街でもある。ただし、ピンからキリまで売春の場はあって、ジャズ(ピアノが中心)が演奏されていたのは、とても庶民には手の届かない超高級娼婦館なのです。
 ここらあたりの歴史は、ルイ・マルの『プリティ・ベイビー』をぜひ、ご覧なさい。
 で、JAZZって何だってよく聞かれるのだけれど、もともとは“JASS”で、“JAST”の語源だという説が有力である。はっきりいって、「イク」とか「そこよ」なんてえ意味なんですな。
 そうそう、まだ息子が幼稚園に通っている頃のこと。
__お父さん、“killin’ me softly” (ロバータ・フラック)ってどういうこと?
「お母さんに聞いてごらん」
__お母さん、お父さんが、お母さんに聞きなさいって。
「そう、何を?」
__“killin’ me softly” ってどういう意味なのか?
「そうねえ。殺されるときって、きっと凄く痛いでしょ。だから、やさしくねって、お願いしているのよ」
__でも、人を殺しちゃ、絶対いけないんだよね。
「そうよ。いけないことよ」
__ヘンなの。パメラ(ガールフレンド)に聞いてみよおっと。
 ネスカフェ(ネスル)もなかなかのCMを世界に流したものです。意味分かりますよね。「やさしく歌って」じゃありませんぞ。正解は「やさしくイカせて」です。
 なお、「欲望という名の電車」は、現在走っていない。代わりに走っているのは、「欲望という名のバス」である。テネシー・ウィリアムズの原題は“A Streetcar Named Desire” であるが、正確には「欲望通り行きの電車」と訳すべきであろう。「欲望(ディザイアー)通り」は、「バーボン・ストリート」と同じぐらいに、フレンチ・クォーターではよく知れわたった通りである。
「欲望という名の電車」に雰囲気が似ている路面電車が、今も郊外の高級住宅街に向かってのんびりと走っている。ぼくが泊まっているYMCA前の並木は、サルスベリの真っ赤な花が咲き乱れている。それは、黒人が大笑いしたときの大口=サッチモ・マウスそっくりである。
 少なくとも1970年においては、電車の前列が白人席で、後列がカラード席である。ただし。さすがにその表示はない。貴方なら、どちらの席に坐りますか?

杉田誠一
杉田誠一:
1945年4月、新潟県新発田市生まれ。
1965年5月、月刊『ジャズ』、
1999年11月、『Out there』をそれぞれ創刊。
2006年12月、横浜市白楽に
cafe bar Bitches Brew for hipsters onlyを開く。
http://bbyokohama.exblog.jp/
著書に『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』
『ぼくのジャズ感情旅行』。
http://www.k5.dion.ne.jp/~sugita/cafe&bar.html
及川公生のちょっといい音空間見つけた >>

♪ Live Information

/12 Fri 佐藤綾音(as) 中尾剛也(g) コダカ・トシユキ(b)
/13 Sat “モチ・ラボ” 望月孝(perc, g, vo) 他
/15 Mon 林栄一(as) 永井隆雄(p) 高梨路生(b) 黒崎隆(ds)
/19 Fri 佐藤綾音(as) 角脇真(p) 永見寿久(b)
/20 Sat 金剛進(ts) 林あけみ(p)
/23 Tue “JUNマシオとイエロー・ジャズ・プロジェクト“
渡辺ミキ(vo) JUNマシオ(MC,perc,笛,vo) 他
/26 Mon ステーシア(p,vo)
/27 Sat レイジー・リタ(vo) 佐藤綾音(as) 楠真紀子(p)
/30 Tue 平山順子(as) 佐藤えりか(b)
12/03 Fri 佐藤綾音(as) 楠真紀子(p) 落合康介(b)
/06 Sat 秋山一将(g) 清水絵里子(p)
/11 Sat “ピンク・ワーゲン”サニー(vo) カイキ(tb) 佐藤綾音(as)
楠真紀子(p) 落合康介(b) JUNマシオ(MC, perc)
/12 Sun “JUNマシオ&イエロー・ジャズ・プロジェクト“
/17 Fri 佐藤綾音(as) 角脇真(p) 林航太朗(b)
/23 Thu 佐藤綾音(as) 飯島るい(p) 落合康介(b)
/24 Fri ステーシア(p,vo)
/25 Sat 金井英人(b)
/30 Thu 平山順子(as) 佐藤えりか(b)
/31 Fri 羽野昌二(ds) ●●●●(reeds)
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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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