Vol.41 | 東日本大震災に思う〜心打たれたエリックの音楽 text by Masahiko YUH

 東京で桜が満開を迎えたとの発表があった翌日、4月7日のお昼過ぎ、大勢の観桜客で賑わう飛鳥山公園を散策してみた。
 咲きそろった桜はいつ観ても華やかな裏に、私1人かもしれないが一抹のわびしさが漂っているような気がして、ふと立ち止まったりするときがある。そう思って目を横にやると、桜並木から少し離れたところに1本の老桜がたっている。「その美しさゆえに人を惹きつけてやまないのか」と口走った西行法師に、老桜の精が現れて法師をいさめ、舞を演じながら去っていくという、能の「西行桜」がすぐに思い浮かぶ。
 願わくは花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月のころ
 200種以上あるといわれる西行の桜を詠んだ歌の中で最もよく知られる一首がふと舞い降りてきた。しばし、そこにたたずんだ。
 例年ならこんなことは余りない。敷物に座した人々の大きな話し声、真っ昼間から酔っぱらう酔客の嬌声、思わず耳をふさぐカラオケの大音響などに威圧されて、桜を愛でるどころではないからだ。ところが、今年は様相が一変した。敷物にたむろして飲んだり食べたりする風景はいつもと変わらないが、迷惑な酔っぱらいは見かけない。何よりどんちゃん騒ぎにも耳を聾するスピーカーからの大音量にもこの日、ついに遭遇することはなかった。大地震とツナミによる未曾有の惨事が起こった直後、「天罰がくだった」と記者に口走って一悶着を起こした石原東京都知事が、ライトアップされた花見も自粛すべきだと言った影響があるのかもしれない。電力消費を抑制したいとの思いが働いたのかもしれないが、夜間に限らず悲嘆にくれている被災者のことを思えば花見にかこつけたいつものような大騒ぎをする気にはとてもなれなかったからでもあろう。「天罰」はみずからを秘かに戒めるための言葉ならいいが、都知事の発言としては顰蹙をかって当たり前だ。
 では、「自粛」はどうか。被災地の悲惨な状況や、家族や家も財産もすべて失った人たちの気持を思えば、他人から指図されなくても自粛しようという気分にはなるだろう。しかし、現実はどうかと言えば、震災直後は当事者ではない人々や機関から自粛を勧める声が飛び交った。こうした自粛ムードがいたずらに蔓延し、人々が自由に集い楽しむ場を奪う結果を招いたとしたら、それは国民の活力を殺ぐだけのことにならないか。規制をしたり、自粛を奨励したりと、とかく網をかけたり、やる気にブレーキをかけたがる向きがある。たとえば、年に1度のお花見に自粛を呼びかけたところで、被災地の人間がそれで納得するとでもいうのだろうか。同じ被災圏でも地震や津波の被害を受けなかった地域だってある。こうした地域が被災地同様の扱われ方を受けたダメージが問題になっているが、とりわけ原発事故の風評被害がこうした地域の一次産品に大きな打撃を与えた事実に即せば、これは人災以外の何物でもない。

花見ばかりでなく、自粛ムードの影響がさまざまな方面に及んでいるのも事実で、「観光自粛で収入の道が途絶えた」との悲痛な声や、「このままサービスが低迷すれば消費が減り、経済が停滞する。これは震災復興にとってマイナス以外の何物でもない」などの声が新聞の投書欄にあった。まさに正鵠を得ている。東北をはじめ被災地域の産品を消費することも支援に繋がるという考えの方が健全だと思う。いたずらに国民を自粛へ追い込む愚はできれば回避した方がいい。経済活動が萎縮したまま無為に時が過ぎ、その結果被災地ばかりか日本全体の活力がそがれて、立ち直る機会を失うことの方が怖い。溢れるモノや便利さを追い求めるという、大震災以前には平気で貪っていた過剰な日常に戻るべきだといっているのではなく、無意味な自粛がかえって被災地域の活気を殺ぐ結果を招くだけだとしたら善意があだになるだろう、と。
 それにつけても、音楽界はまさに自粛の嵐だった。地震と津波の大災害に加え、放射能漏れを起こした福島の原発事故が追い打ちをかけた。予定されていたコンサートや音楽イベントは次から次へと中止に追い込まれ、放射能汚染を危惧する外来演奏家や団体の公演は軒並み開催が見送られた。自転車操業で急場をしのいできた小さなプロモーション会社の中には演奏家のキャンセルのあおりを食らって倒産に追い込まれたところもあったと聞く。原発事故の迅速で正確な情報公開を怠り、有効な手を打てなかった政府、管轄官庁、原子力安全委員会の責任は重大だが、これについて議論するのがこの巻頭文の目的ではない。海外の音楽家の場合ばかりでなく、日本の音楽家たちのコンサートも中止された例が少なくなかった。音楽に限らず演劇や小屋芝居でもスポーツでもそうだが、「こんなときに音楽などをやっていいのか」とか、「こんなときに音楽を楽しむなどとは不謹慎だ」といった一部の声に圧倒されたか、遠慮したかであろう。しかし、誰も彼もが一斉に本来の活動を自粛すれば、被災地や被災者に手を差し伸べたことになるのか。礼を尽くしたことになるのか。そんなことはありえない。むしろ国全体の活気が抑制され、持ち直そうとしていた景気に水を差すだけだ。海外の演奏家で公演を予定していたクラシック音楽業界、たとえば招聘プロダクションや自主企画を立てていたコンサート・ホールなどは、彼らの来日キャンセルによって測り知れない打撃を受けた。その上、無理を押して開催したコンサートさえ自粛ムードのまっただ中でごく僅かな聴衆の来場しかかなわない、という例もあったと伝え聞いた。大騒ぎまですることはないが、開催可能なコンサートまで自粛する必要はない。海外では世界のさまざまな国や都市で日本を支援するイベントが相次いで催されているではないか。中には暮らし向きの貧しい国さえある。それがどれほど被災した人々に勇気や希望を与えるか測り知れない。予定されていたコンサートを開いて、その一部を義援金として寄付してもいいだろうし、各音楽家や演奏団体が可能な範囲でできる支援をすることが、いたずらに自粛したり自制したりするよりよほど健康的だ。

 自粛ムードの余波はジャズ界にもむろん押し寄せた。かつては盛んだった海外演奏家によるホールでのコンサートに替わって、現在気を吐いているのがブルーノートに代表されるジャズのライヴハウスだが、ここでも公演中止が相次いだ。そんなさ中に行われたビッグバンドと有名ゲストによるチャリティー・コンサートが、実に感動的だったので触れておきたい。その演奏場所を提供したのがブルーノート東京(南青山)だ。
 音頭をとったのはエリック・ミヤシロ(宮城)。彼が普段リーダーとして率いているEMバンドの中心メンバーで構成したビッグバンドに、日本の代表的なスター・プレイヤーがゲスト出演するという、題して<ブルーノート東京オールスター・ビッグバンド>。3月28と29の両日に催されたコンサートの、最後の29日を聴いた。
 エリックは日本では並ぶ者ない無類のハイノート・ヒッターとして名を馳せるトランペット奏者で、小曽根真の No Name Horses や守屋純子オーケストラなどでも抜きん出た存在力を発揮している。米国から日本に活動の場を移して約20年。ハワイ生まれの日系3世だが、日本に来てしばらくの間は苦労した日本語も今ではネイティヴと変わらぬ流暢さで、聴く者をホッとさせる話し方をするところがいい。当夜はビッグバンドのリーダー役の一方でプレイでも実力の片鱗を披露し、また発起人として司会役も巧みにこなすという、まさに八面六臂の活躍ぶり。この夜、オケのリーダーとして最も強く印象づけられたのはめりはりのはっきりした、しかもスマートな指揮ぶり。ビッグバンドの指揮といえば何といっても故サド・ジョーンズが忘れられないが、きびきびしたリズム感が心地よいエリックのタクトとオケの導き方もなかなかのものだった。
 それとともに感心したのがポイント、ポイントでのマイクに向かったときの彼の話しぶり、強いていえば話術。特に、米国で活動していた時代、メイナード・ファーガソン楽団在籍中に体験した人種差別の不快な思い出を引き合いに出しながら、悲惨な状況や困難を乗り越えて人が助け合う大切さを訥々と語りかけつつ、この度の東日本大震災で自分に何かできることはないかと悩んだあげく、演奏家はプレイすることで貢献するしかないとの思いに達したことなどを打ち明けた話しぶりに強い感銘を受けた。話術とは言ったものの、麗句をならべて話術にたけた挨拶をしたわけではない。だが、彼の話しには心に何の私心もないことが分かる。それがストレートに聴く者の心を打ったことは間違いない。加えて、コンサートを挙行すればかなりの電力を使う。東京電力管内の会社や家庭が計画停電に協力しているときに、たとえベネフィットとはいえ電力を消費するコンサートを行うことが果たして義にかなっているかどうかという、別の悩みに心が揺れたことも吐露した。エリックのヒューマンな正直さと心の温かさを思わずにはいられなかった。最終的にやると意を決するや、親しい演奏仲間に出演協力を依頼し、演奏場所であるブルーノートの協力もとりつけた。

 かくしてゲスト出演を快く引き受けたのは、(出演順に)中川英二郎、本田雅人、寺井尚子、伊藤君子、日野皓正、海老沢一博、さらに塩谷哲、小曽根真、山下洋輔の面々。ステージにはわが国のトップ・プレイヤーをそろえたビッグバンドが勢揃いし、自身のフリューゲルホーンによる「スカイ・ダンス」で幕を開けたあとはトロンボーンの中川をフィーチュアした「イッツ・オールライト・ウィズ・ミー」を皮切りに上記のゲストが代わる代わる登場し、普段にも増して熱のこもった爆発的なソロが宙を舞った。本田の「プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック」、塩谷に中川と本田が加わった急速調の「ゴット・ア・マッチ」、寺井の「スペイン」、伊藤の「明日に架ける橋」、日野の「バット・ビューティフル」など、どれも例外なく熱い。3人のピアニストはそれぞれソロに思いを託した後、バンドと一体になった熱気横溢する演奏を展開。「スウィングしなけりゃ意味がない」の山下はヴェトナム帰りだったが、彼によればハノイの全公務員が給料の一部を日本への義援金として寄付したとか。山下に限らずゲストたちの被災地(者)を思う真情が聴く者の心に迫る。実際、各ゲストは一言メッセージを発してから演奏に臨むのだが、どの演奏にも私心がない。無私無償の演奏故の感動が場内に深くこだまする。私自身が過去に経験したさまざまな感動を超えた響きに身を委ねながら、何らの打算も我欲もない彼らの気持が言葉や演奏に乗り移った渾身の吐露なればこその共感に酔い続けた至福の2時間半だった。
 アンコールの「昔は良かった」(マーサー・エリントン曲)では全員が舞台狭しとソロをリレーし、駆けつけた前田憲男がユーモラスなスキャットを披露して客席を沸かせるというおまけまで付いて、忘れがたいフィナーレが現出した。
 周知のように、インドの大指揮者ズービン・メータがN響を振ってベートーヴェンの第9を演奏したが、「当事者以外の国は、無責任に何でもセンセーショナルに報道したがる。冷静に情報を判断すれば、原発被害も恐れるほどじゃないことがすぐ分かる。だからこうしてもう一度日本に来た」(4月18日付け朝日新聞)という彼の言葉にも、無私のヒューマンな心情がのぞく。「(嬉しいニュースの反対は)放射能におびえて、幾つかの外国の大使館が東京から大阪に移ったことや、海外の経済人が日本行きをキャンセルしたことだ。過剰反応で都民への侮辱ともいえる」(同21日付け朝日新聞)と書いたのは英国のジャーナリスト、ビル・モフェット。にもかかわらず、多くの海外演奏家が来日演奏をキャンセルしている。まして日本の演奏家が自粛の掛け声やムードに汚染されて、コンサートやライヴ演奏を中止したりするべきではない。エリックや仲間たちの被災者を思う心情が燃えさかったブルーノート東京での慈善公演<Love for Japan>に触れて、そう共感した人は多いはずだ。サントリーホールで公演を催したヴァイオリン奏者ギドン・クレーメルやピアニストのヴァレリー・アファナシェフらの思いも同じだったのではないか(4月17日のこのコンサートについては次回のライヴ・リポートで報告する)。音楽の中にこそ苦境のさ中にいる人々を勇気づけ、励ます、強くて温かい何かがあるのだ。(4月21日記/悠 雅彦)

悠 雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.