音の見える風景
音の見える風景

 Chapter 17.坂田 明
 photo&text by 望月由美
 撮影:2002年10月22日、新宿ピットインにて



 坂田明はしばしば激情型アルトと称されることがある。また、劇場型アルトとも称されることがあるがじつは大変ユーモアのあるヒューマン型アルトと私は思う。そして坂田明は発想の豊かな行動派であり、行く先々でドラマを生み出す名人でもある。
 坂田さんを知ったのは随分と昔のことになるが、『20人格』(Better Days)に示された多才なパーソナリティーの持ち主であることの一端を知ったのは山下さんがプロデュースを担当していたFRASCOレーベル『ジャムライス・リラクシン』(FS-7012)の録音現場である。1976年の4月、桜の芽がほころぶ頃「アケタの店」で行われた。SJ紙の取材だったか、遊びに行ったのかは失念したが、とにかく現場に立ち合わせていただいた。ジャムライス・セクステットと称したメンバーは山下洋輔さんのピアノに坂田明、当時の山下3と坂田明3の両方でドラムスを叩いていた小山彰太と坂田明3のベースを担当していた望月英明という極く近しい間柄の 4人に近藤等則とジェラルド大下が加わるという6人編成。ほとんどフリーに近い進行で、常に笑いの絶えないレコーディング風景であった。結果LPとしてA、B面を通して一曲という長尺ものとなり、丁度、オーネットの『Free Jazz』(Atlantic)やコルトレーンの『Ascension』(Impulse!) のような濃い内容の仕上がりとなった。その録音現場での体験である。ジェラルド大下さんのソロのあと、坂田さんが突然あの独特なダミ声で詠曲のような歌を歌い始めたのである。その奇想天外な面白さに山下さんは下を向いて笑いをこらえながらピアノを弾いている。私もマイクに入らないようにと必死に声をころして笑った。テイクが終わった途端に山下さんが、坂田、受けてるよ、大受けだよ!と云い、私の無作法を許して下さった。後に坂田さんの当たり芸「勧進帳」の原型がここで始めてレコーディングされたのである。そしてその3ヵ月後、坂田明はスイス、モントルーでの『モントルー・アフターグロー』(FRASCO)でアルバート・アイラーの<ゴースト>に童謡の<夕焼け小焼けの赤とんぼ>を飛ばしたのである。同じ76年の札幌ジャズ祭に山下トリオが出演した際にも同行させてもらった。向井滋春や古澤良治郎など、当時20代から30代の血気盛んなミュージシャンが勢ぞろいし、「日比谷野音・サマー・フォーカス・イン」の札幌版のように盛況であった。トリをとったのが山下トリオだった。このとき坂田さんのゴースト〜赤とんぼの生演奏を初めて聴いた。私の隣に居合わせた男性の方が坂田さんの<赤とんぼ>を聴いて大泣きし、私もつい貰い泣きをしてしまった。因みに隣の方は札幌のジャズ喫茶「ゴースト」のオーナーであった。そして、そのとき坂田さんから直接聴いた、ある想い出話しが頭を横切った。
1966年の7月13日、ジョン・コルトレーンの広島公演を坂田さんは生で聴いていたのである。
 ジャズっていうのはね、精魂込めて一生懸命吹くっていうことは、ここまで人間の心を揺り動かすことなのか、と衝撃を受けたという。札幌の坂田さんはアイラーでも何でもなくコルトレーンだった。一途で一心不乱に集中して泣いていたり、詠ったり、祈りだったり、魂がもの凄い勢いで噴出していた。
音も天までのびていた。好きだなあと思った。北海道まで来てほんとうによかったと思ったものである。

 


 坂田明は1945年広島県呉市の生まれ。中学時代に見た映画からジャズに興味を持ち、高校時代はブラスバンドでクラリネットを吹いている。広島大学水畜産学部水産学科に入ってからアルトを手にする。この学生時代に上述のコルトレーンを原体験し、また渡辺貞夫の通信教育や故井上敬三先生に手ほどきを受けている。大学を卒業後1969年に上京し自己のグループ「細胞分裂」を結成。1972年山下洋輔トリオに参加してからの活躍ぶりはよく知られているところである。東京に出てきてフリーをやるなら一度は山下さんを通過しなくてはと思ったそうである。並行して坂田トリオでも活動、1979年末に山下3を退団し自己のトリオを再結成し、ニュー・トリオで新たなスタートを切る。今号の表紙の写真はその時のニュー坂田トリオ、左から吉野弘志(b)、坂田明(reeds)、藤井信雄 (ds)である。このときに坂田さんは、今の僕のライバルは山下さんと、「生活向上委員会オーケストラ」です、と語っていた。どちらも当時、隆盛を極めていた。その一方で自己の「坂田オーケストラ」に梅津和時、原田依幸、佐藤春樹、安田伸二など生活向上委員会の主力メンバーを登用しICPのような面白いオーケストラも始動していた。面白いものはどんどん取り入れてゆくのが坂田流なのである。坂田さんはオーケストラのメンバーに、自分が満足すればいいんだ、じゃあ駄目なんだよ、これからはお前も俺もさ、一人でも多くの観客の前でプレイ出きるように頑張るんだよ、と話していたそうである。有言実行の坂田さんがミジンコの研究を極めたり、TVのCFに登場したり著作家として精力的に起動し始めたのもこの頃からである。あらゆるメディアを駆け巡り、あっと驚く展開をしてきた坂田さんはビル・ラズウェルと共鳴し、ピート・コージー、ハミッド・ブレイク等と共演した『Fisherman’s.com』(EOCD-0002 )で貝殻節や斉太郎節などの民謡に新たな生命を吹き 込み21世紀の夜明けとも云うべき新境地を開拓した。一方で東京薬科大学生命科学部客員教授という顔もお持ちである。
 坂田さんは自主レーベル「ダフニア」を通じて坂田明miiによる『赤とんぼ』(DPCD-0003)や坂田明トリオ『チョット!』等々多くの作品を発表しているが、それと並行して『かなしい』(MTCJ-3029)などジム・オルークとの共同プロデュース作品も発表している。また、「がんばらない」で有名な医師、鎌田實さんとも親しく2005年には二人でチェルノブイリを旅し鎌田さんが理事を務めるNPO日本チェルノブイリ連帯基金の「がんばらないレーベル」発足に参加し『ひまわり』(GNCD-0001)を制作、2009年時点で 3万枚を売り上げたという。売上げによる収益はすべて基金に寄付されるそうである。坂田さんらしいヒューマンな秘話である。
坂田さんの好奇心はホーミーのルーツを求めてモンゴルを旅し、ベルリンの壁崩壊後のドイツを訪ね旧友の病を励ますためにアカペラで民謡を歌い、肋骨レコードを探し求めてソビエトを彷徨う等々、そのつど現地の人とセッションを重ね、得がたい友情を築いてきた。そして3.11によって未だ人びとの魂が震えているこの6月、坂田明音楽旅団「ヤッホー!東北」2011を組織し「3.11からその後の明日に向けて」という催しを被災地で行っている。思いたったら直ぐ行動に移す坂田さんらしいホットなニュースに元気を頂いた。
 坂田さんには語っても、語っても尽きないほどのエピソードがある。坂田さんが誰とでも真正面から向き合い、常に真剣勝負、自らの心を開き相手の懐に入る。坂田さんの熱情に対して懐の開けない人は先ず居ない。言葉の壁をこえて坂田さんの交流は世界に広がってゆく。ステージ上の坂田さんはちょっと毒があって、お笑いもあって、トークも聴き手を寛がせてくれるがその内奥にやさしい心遣いと大らかな土っぽさを感じる。精魂込めて一生懸命吹くことを、身をもって実践してきた坂田さんであるが、これからも明るく元気に精一杯、新境地を求めて邁進するにちがいない。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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