Vol.13 | ピノ・ミナフラとイタリアン・インスタビレ・オーケストラ@横濱ジャズプロムナード2001
Pino Minafra & Italian Instabile Orchestra @Yokohama Jazz Promenade 2001
(c) 横井一江 Kazue YOKOI

今年2011年3月17日、イタリアは統一150周年を迎えた。古代ローマ帝国まで遡れば紀元前からの長い歴史をもつ地域であるが、現在のような統一イタリア王国が成立したのは1861年なのである。それまでは多数の都市国家が存在して、互いに争い血を流し、あるいは同盟を結んだりしていたのだ。
どこかで「イタリアにイタリア人はいない」と書かれていたのを読んだ時、まさにそうだと思った。イタリアを訪れた時に、やれサルジニア人だのナポリ人だのという単語は耳にしたが、イタリア人という概念には出会わなかったように記憶している。つまり、彼らにとってのアイデンティティは生まれ育った土地のものだということなのだろう。
1992年の春のことである。メールス・ジャズ祭のプログラムにイタリアン・インスタビレ・オーケストラ(IIO)という名前を見つけた。リーダーが誰かも全くわからない。メンバーの半数以上は知らない名前だったが、それまでレコードやCDで聞いたことのあるミュージシャン、ジョルジォ・ガスリーニ、マリオ・スキアーノ、ジャンルイジ・トロベシ、ジャンカルロ・スキアフィーニなどの名前もあった。錚々たる顔ぶれのようである。しかし、ミラノのマエストロ、ジョルジォ・ガスリーニとローマ・フリージャズ界のドン、マリオ・スキアーノが、同じオーケストラのメンバーとして同じステージで演奏するとは信じ難い。個性も出身地も異なり、別々の活動をしてきたひとかどのミュージシャンを集めたオーケストラ、まるでジャズ版リソルジメントのようでもある。だが、イタリアは個人主義の国である。果たして上手くいくのだろうかと思った。
しかし、それは杞憂にすぎなかった。それにしても奇妙なオーケストラだった。曲ごとに指揮者が変わるのである。そして指揮者が変わると、曲想も方法論も全く違う曲が展開する。指揮しているミュージシャンは、その曲の作曲者であることは容易に想像がついた。まるで、アントニオーニ、フェリーニ、パゾリーニの映画を次々と観ているような気分になったのである。これについて、ガスリーニはこう言っていた。「これはデモクラティックなオーケストラなんだ」と。
このIIOを結成したのはピノ・ミナフラという南イタリアの中心都市バーリの近くにあるルーヴォ・デ・プーリア出身のトランペッターだった。IIOが南イタリア、ブーツの踵のあたりにある街ノチで開催されたヨーロッパ・ジャズ祭で誕生したのは1990年のこと。その翌々年、1992年1月に初めてアルプスを越えてフランスのジャズ祭に出演、そして、ミュンヘンのビッグバンド・ミーティングを経て、メールス・ジャズ祭への出演となったのである。そして、IIOが音楽関係者の注目を得たことによって、それまでのジャズ界では周縁でしかなかったイタリアにも目が向くようになったのだ。
当時は、冷戦構造が終焉した時期である。その少し前、80年代後半にソ連で起こったグラスノスチ、ペレストロイカという動きは、多くの視線をソ連、東欧に向かわせた。その後、徐々に視界に入ってきたのがヨーロッパの周縁部だったように思う。90年代はグローバルとそれに対峙するローカルという二つの概念がまだクリアではなかったが、マージナルな地域音楽が主張し始め、それが徐々に知られるようになった時期でもある。イタリアの中でも周縁である南イタリアからIIOのようなオーケストラが出てきて、それが注目されたことには、時代的な必然性もまた感じるのだ。

 

IIOはアメリカ・ツアーも成功させ、90年代を代表するオーケストラとなったが、来日したのは21世紀に入ってからだった。90年代後半度々来日していたカルロ・アクティス・ダトの尽力もあって、イタリア年だった2001年に遂に来日が実現し、横濱ジャズプロムナードで公演したのである。大編成のプロジェクトを招聘することは容易ではない。いかに音楽性が高くても、一般的な知名度がない場合はとても難しいだけに、IIO来日は画期的な出来事だった。彼らの演奏はフリーでありながらもメロディが浮かびあがり、また楽器のビブラートのかけかたひとつとってもイタリア人ならではのものだった。曲目はエウジェニオ・コロンボの<スコンジューロ>(表紙写真)、スキアーノの名曲<スッド>、ジャンカルロ・スキアフィーニ編曲の<ラヴァー・マン>、カルロ・アクティス・ダトの<イミグラーティ>など、締めはピノ・ミナフラの南イタリアのバンダ色が濃い<ファントッツィ>。秋の横浜に地中海の風が吹いたひとときだった。
このIIOを率いているピノ・ミナフラと話をした時に、とても暖かな心と強い意志の持ち主であることがよくわかった。だからこそ、IIOを継続させていくことができたのだろう。以前はアメリカやヨーロッパの他国のミュージシャンに、自分たちはセリエBのように見られているのではないか、というコンプレックスを抱いていたようである。しかし、IIOが成功を収めるとともにそのような劣等感も消えていったのだという。近年はミナフィック・オーケストラを結成、新たなプロジェクトも始動させている。音楽を通じて南イタリアというルーツを語り、その創造性をコンテンポラリーに表現するローカルな視座に立った活動のほうを現在は活発化させているようだ。それはグローバルな時代に併走するローカルな動きと重なっている。 ピノ・ミナフラはこう言った。
「詩のない人生はひどいものだと思う。詩なくしては音楽になり得ない。詩は私にとって、とても繊細で、壊れやすく、同時にとても力強いものだ」
「あなたはまさに音楽で詩を書こうとしているのね」と返すと、Tシャツを絞る真似をしながらこう答えた。
「こうやって、汗をかきながら」と。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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