Vol.15
音楽の本質を貫く感性〜ストーンズの
<ラヴ・イン・ヴェイン(Love in Vain)>




世界音楽紀行というタイトルを戴いて以来、毎回、大きな責任を感じながら筆を執っている。

今回は、音楽の本質を貫いている心について語ろう。

日本文化とアメリカの文化の共通項がこれからの新しい音楽の世界を創ると思う。

LAにいる頃だ。前号記載の怒涛の時期を過ぎた後のことである...。

少し明るすぎる位の路地裏から暮れなずんだ街の往来へ出る。人々は、急ぎ足で歩いていた。
老若男女問わず、コートの襟を立てている姿が多い。
佇む人はたいてい人待ち顔である。往来を少し歩く間も悲喜こもごもである。
待ち望む人がやってきたのか、ぱっと、笑みを満面にたたえている人、これからコンサートに行くのだろうか。
また、その逆で、淋しげな人もいる。

その中に、欧米人らしからぬ風情で(どんな風情かって難しいが、一言でいうとケバケバしていない人)慎ましやかな立ち居振る舞いの女性がいた。
かなり長い時間待っている。少々待ちくたびれたのか、ラッキーストライクに火をつけようとするが、風が強すぎるのかなかなか火がつかない。二度、三度パチン。パチン。
そこで、街角に背を向けて、身をかがめた。やっと火がついた。その前に火を貸してあげようと思ったが、彼女の仕草が一々かっこ良すぎるので、ついつい見とれてしまっていたのだ。

背を向けた向こう側は、宝石店であった。全面ガラス張りのショーウインドウである。
ますます彼女の品格にぴったりである。居並ぶ宝石が、囁きかける。

エメラルドの神秘的な美しさ。
漆黒の肌に鮮烈な遊色を明滅させるブラックオパール。
深いブルーに吐息が漏れるサファイア。
審美のエスプリを語るダイアモンド。
三月の誕生石であるブラッドストーンもいる...。

それぞれの宝石が、独自の個性で音を奏でている様でもある...。

さて、私が、彼女を見つけてから随分時間がたっている。
街並みに背を向けた彼女は、両の拳をジーンズのポケットに入れて背を丸めている。丸めた背中がいとおしい。
いつ彼が現れるのかと気をもみつつ...。繊細なるジェントルマンか、それともクロコダイル・ダンディーか...私の妄想は膨らむばかり。でも一向に現れない。
ラッキーストライクの吸殻が山を築いている。彼女は少し小首をかしげている...。
そして、往来をもう一度二度とくまなく眺めて、微笑み混じりの吐息をもらす。
路上のラッキーストライクの吸殻を片付けて、街並みに姿を消した。私は、付いて行きたい衝動にかられたが、その日は抑える...。私の待ち人もまだ来ない...。

そこには私の夢があった...。

何気ない所作にその人の生き方の美学があらわれる。
待ちぼうけを食らわされても、道路や他の人への気遣いを忘れない彼女に乾杯。

日本には、古来から粋(いき)とか すい という心根(メンタリティー)があるが。
粋な人とは、彼女のような人のことを言うのであろうか...。

思えば音楽にも同じことが言える。
ブルーズには、人間の深い思いやりに根ざした優しさがある。
ロバート・ジョンソンの<ラヴ・イン・ヴェイン(Love in Vain)>なんて単なるブルーズの楽曲なのに。
ストーンズ(ローリング・ストーンズ)がアレンジするとあんな見事なバラードになってしまう...。知らない人は是非聞いてください。YouTubeにハイドパークのライブの演奏がある。
ミック・ジャガーは、ほとんど同じように聞こえるロバジョン(ロバート・ジョンソン)の楽曲を、丸裸にして、その奥にある本当の優しさを引き出してしまう。

なんと、恐ろしい感性...。そこに、ストーズがストーンズたる所以がある。    (続く)



高谷秀司(たかたに・ひでし)
1956年、大坂生まれ。音楽家、ギタリスト。幅広いジャンルで活躍。人間国宝・山本邦山師らとのユニット「大吟醸」、ギター・デュオ「G2us」でコンサート、CDリリース。最新作は童謡をテーマにしたCD『ふるさと』。2010年6月から約1ヶ月間、オーストラリアから招かれ楽旅した。
www.takatani.com

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.