Vol.14 | ジョルジォ・ガスリーニ@メールス・ジャズ祭1992
Giorgio Gaslini @Moers Festival 1992
(c) 横井一江 Kazue YOKOI

 2011年はイタリア統一150周年ということで、前回に続いてイタリアの音楽家を取り上げたい。

 ジョルジォ・ガスリーニは、イタリア・ジャズ界ではよく知られたマエストロである。
 しかし、日本では一部の好事家を除いてほとんど注目されることはなかった。それはなぜなのだろう。音楽の好みには地域性が表れる。ガスリーニの場合、革新的な音楽家ではあるが、フリージャズ・ミュージシャンではなかった。日本で60年代の前衛ジャズといえば即ちフリージャズを意味する。しかし、ガスリーニは違う。それゆえに、日本のフリージャズ・ファンの嗜好と異なっているということもあり、モダンジャズの文脈だけではなく前衛ジャズの流れのなかでも視野に入ってこなかったのかもしれない。
 ガスリーニは50年代半ば頃、十二音音楽をジャズ言語に持ち込むという先駆的な試みを始めた。60年代の幾つかのアルバム、例えば『オルトレ』、『ダルアルバ・アルアラバ』(コンピレーションCD『L’Integrate - Antologia Cronologica』にも収録されている)で、当時の録音を聴くことができる。不協和音が鳴り響くようなフリージャズではないし、今の耳には大して革新的に聞こえないかもしれない。しかし、知的でありながらも濃密な表現が醸し出す空間が印象的である。
 60年代のガスリーニの演奏を久しぶりに聴いていたら、彼のこのようなコトバを思い出した。
 「ミラノ人気質を一言で言うなら、それはゴシック建築のようなものだよ。ローマ人は、そう、エンターテインメントだ。フェリーニの映画を観ればわかるだろう。だが、アントニオーニは違う。アントニオーニなのだよ」
 彼はミケランジェロ・アントニオーニにひとかたならぬ共感をもっているように見えた。それはそうである。ベルリン国際映画祭金熊賞をとったアントニオーニの代表作『夜』(1961年)で音楽を担当したのがガスリーニであり、彼もまたイタリア銀リボン音楽賞を受賞していたのである。
 ガスリーニが『夜』の映画音楽を担当するにあたって、ちょっとした経緯があった。彼が最初に十二音音楽をジャズ言語に持ち込んだ演奏を録音したレコードは1957年録音の『テンポ・エ・レラジオーネ』だが、それを聞いたジョン・ルイスは熱狂してアメリカに来ないかと彼を誘った。時を同じくして、このレコードを聴いたマルチェロ・マストロヤンニは、それをアントニオーニに渡した。そして、それを聴いたアントニオーニから映画『夜』の音楽を作曲するために来てほしいとの依頼があったのだという。ガスリーニはアメリカへ行くか、イタリアに残ってアントニオーニの仕事を引き受けるか、選択しなければならなくなった。彼は「天命に従った」のである。ガスリーニとアントニオーニを繋いだのはマストロヤンニだが、『夜』の出演者では詩人清水俊彦が「潜在意識の化身」とその詩『信条のサンドイッチ』において表したジャンヌ・モローの存在感のほうが上回っていたと私は思う。ちなみに、この映画音楽のEP盤がガスリーニ唯一の国内盤ではないだろうか。

 

 ガスリーニのその後の活動を逐一書くと大変になってしまうので割愛するが、まだイタリアのジャズに視線が向かう以前から国際的に評価されていた数少ないイタリア人ミュージシャンであり、実に数十カ国で演奏しているのである。しかし、なぜか日本とは縁がなかった。
 そんな彼の姿を最初に観たのは、1992年のメールス・ジャズ祭のイタリアン・インスタビレ・オーケストラ(IIO)においてである。実はガスリーニが誰かのバンドで演奏することはそれまでなかった。だからIIOに彼がいるということは例外中の例外だったのである。「デモクラティックなオーケストラ」であり、「作曲者はオーケストラのメンバーであり、演奏者でもある」というIIOに共感を覚えたからこそ参加したに違いない。その時は彼の作品<ピエロ・ソラーレ>も演奏した。作品について、ガスリーニはこう語っている。
 「いわばシェーンベルクの<月に憑かれたピエロ>の裏返しで、地中海の明るいお日様にいかれたピエロというか…。これは三つのパートから成っていて、まず《ピエロ・ファンファーレ》、街の中でトランペットを吹いているピエロ。次が《ピエロ・ロンド》、ピエロは屋根の上にいる。そして《ピエロ・シクロ》、大都会を自転車で旋回するピエロ。これはファンタジーなんだよ」
 ガスリーニの作品を聴きながら、ウンベルト・エーコの小説の世界を連想していた。なぜならば、構築された作品の中に「知」の世界で戯れる面白さがあるからだ。<ピエロ・ソナーレ>で自転車に乗ったピエロが走り回っていたのは、音楽という名前の「知」の遊園地ではなかったのだろうか。

 メールス・ジャズ祭でのIIOの公演が終わった後だったと思う。カメラバッグを肩にプレス・テントをウロウロしていたら、ガスリーニに声をかけられた。同じ日本人に声をかけるにもオジサンより女性というところが、まったくもってイタリア人である。翌年、韓国まで来るという手紙が来たので、ライヴをブッキングするには遅すぎるけど、インタビューなら出来るよと返事をしたら、本当に来てしまった。そして、インタビュー原稿を結果的に私が書くことになってしまったのである。ある意味では、彼との出会いが私にとってひとつの転機となったように思う。
 しかし、ガスリーニの日本での公演は2001年のイタリア年まで待たなくてはならなかった。その年、横濱ジャズプロムナードのイタリア特集でIIOが来日したことは前回のフォト・エッセイで書いたが、ガスリーニは既にIIOを離れてしまったので、<ピエロ・ソラーレ>もECM盤に収録されている<スカイズ・オブ・ヨーロッパ>も演奏されることはなかった。しかし、ソロ・ピアノで演奏したサン・ラやアルバート・アイラーの作品におけるインテレクチュアルでありながらも先人に対する深いリスペクトを感じさせる演奏は、そのピアニズムとともに記憶の深いところに残っている。

 昨年(2010年)、ガスリーニにミラノの守護聖人アンブロジウスの名を冠したアンブロージョ金賞AMBROGINO D’OROが贈られた。この賞はミラノ市に貢献した人に授与される賞で、ジャズ・ミュージシャンが受賞するのはおそらく初めてではないだろうか。
 ガスリーニの音楽にはミラノ人としてのローカリティがそのアイデンティティと共によく表れている。そのダンディズモもまた…。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
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