音の見える風景  


Chapter20.峰 厚介
撮影:2004年4月18日
東京赤坂にて
photo&text by 望月由美





 峰厚介は寡黙で温厚な人だけれど、ひとたび楽器を手にするとその気迫に圧倒される、というのが峰厚介の音を聴いたひとの大方の見方である。そのとおりである。しかし、少しだけ内に入ってお話をさせていただくと、実はとてもお洒落でお話し上手、ウイットに富んだジョークがお好きで座を和ませる達人であり、峰厚介の周りにはいつも笑顔がたえない。また、峰厚介はさり気なく周囲にも気配りをするひとで、そういう人柄がそのまま音にもにじみ出て、温かく優しい音色となり、ゆるぎない滑らかなフレージングとなって峰厚介独特の世界が創られているのである。

 その峰厚介がじつに14年ぶりにレギュラー・グループによる新作『Mine Kosuke Quartet/With your soul』(MINE-G 001)を発表した。品番をみてお分かりのように峰厚介が自らレーベルを立ち上げて、自らプロデュースされた記念すべき第一作である。峰厚介(ts)、清水絵理子(p)、杉本智和(b)、村上寛(ds)という最強の布陣である。峰厚介の粋なテナーを中心にメンバー全員が自分らしさ、持ち味を伸び伸びと発揮しながら溌剌とスイングしている。

 峰さんとは1999年、『エッセンシャル・エリントン』(VACM-1377)制作時にご一緒したとき以来親しくさせて頂いている。それまでは日本ジャズ界の偉い人、ジャズ・ジャイアントと勝手に決め付けて敬意を払い、一歩さがってかしこまっていたのであるが、実際に一緒に仕事をさせて頂いて、だれとでも分け隔てなく優しく穏やかに接する峰さんを知ったのである。そして、峰厚介のエッセンスをそっくりそのまま形にしたいと思って制作したのが『峰厚介ミーツ渋谷毅&林栄一/ランデヴー』(Videoarts)である。美しいサウンドの峰さんを際立たせるには峰さんと同じように美しい音の持ち主を招き、音と音の間、ほんの一瞬訪れる静けさの透き通った美しさをも活かすためにリズムなしの(ts)、(as)、(p)という変則トリオで臨んだ。そしてソニーの優れたエンジニア・スタッフがDSD方式で峰厚介(ts)、林栄一(as)、渋谷毅(p)という名手3人3様の人となりを描ききって密度の濃い空間を創って頂いたときの感動はいまだ記憶に新しい。

 音のきれいな人は振り返ってみると、みんなデビュー当時から音がきれいである。どんな楽器でも音色の濁っている人は何年経ってもきれいにはならないと思うし、きれいな音を出す人は最初から美しい。峰さんに、なんでそんなに音がきれいなの、とたずねてみた。<いや、それは分かりませんね、自分では。出したい音、音色って皆それぞれに持っているものだから、音を出すほうは自分の出したい音を出しているから、何十年経っても変わらないんじゃない>というお話であった。マスター・ミュージシャンだからこそ、ほかの人の音を認めることが出来るのかもしれない。

 スタンダード、唄物を吹かしたらゲッツと双璧をなす粋な歌い方をする峰厚介である。本誌JazzTokyoの編集長、稲岡邦弥さんが制作した『プレイズ・スタンダーズ』(Geneon)では見事なスタンダード集を創っている。しかし、こと「峰厚介カルテット」ではライヴでも殆ど自作曲しか演奏しない。今回のアルバムに於いても然り、8曲全てが峰厚介の曲である。どうして峰カルテットではオリジナルしか演奏しないのか、あえて伺った。<あっ、それよく聞かれますねえ。そうねぇ、楽な方を考えているのかもしれない。スタンダードとかみんながよくやる曲だと、モチーフが一緒で、自分なりの、なんていうかな、うまくいえないなぁ。自分のやりたいことは自分の曲の方が出しやすいのかなぁ。ここ当分は峰カルテットでは僕のオリジナルを演奏することになると思うよ、そう決めてはいないけど>峰厚介の書く曲はこと峰厚介が演奏するかぎりはスタンダード以上によく歌うし、優しく耳を癒してくれる。

 


 峰厚介は1944年、東京の出身。少年時代は日本少年合唱団でボーイ・ソプラノを担当していたという話は自らのブログでも公開していない逸話であるが、あの綺麗なテナーのサウンドの源は子供の頃に既に感性として備わっていたのかもしれない。中学の時にブラスバンドに入りクラリネットとアルトを手にし、音大付属高校に入学した頃に某交響楽団のオーデイションで<アルルの女>をクラ用にアレンジして演奏、見事合格したそうである。やがて先輩に誘われてジャズを知り、有楽町スバル街のジャズ喫茶「ママ」に通うようになりジャズの道に方向転換したという。デビュー時はアルト・サックスを主に吹いていて、たちまちのうちにアルトでは渡辺貞夫と人気を二分するビッグスターとなった。峰さんは1969年から足かけ5年、菊地雅章(p) のグループで活躍し日本のジャズシーンを牽引する。菊地雅章グループが解散した後の’73年に渡米、2年間ニューヨーク暮らしをしている。このころテナー一本のワンホーン・カルテットで録音したアルバム『Out of Chaos』(EAST WIND)がある。NY滞在中の74年に一時帰国した際に録音したものであるが、今の耳で聴き直してみると、峰さんはこの時点で既にコルトレーン・ミュージックを極めていたのだという思いをあらためて感じる。
永年峰厚介と共演をしている某ミュージシャンが語ってくれた話である。<どこか、地方のコンサートのときだったんだけどね、厚ちゃんが神がかったコルトレーンをやったんだ、もうプレイをやめてうしろから拍手をしたくなっちゃったことがあるよ>という神話は説得力がある。
『Out of Chaos』が自己の表現の限界に挑んだ作品だとするならば今回の峰カルテットの新作はメンバー4人の個性とグループ・エキスプレッションとのバランスが巧くブレンドされたより熟成度の高い作品といえよう。 1978年に本田竹広(p)等と「ネイティヴ・サン」を結成、一躍国民的スターとなるが峰さんご自身はジャズマン気質なのか、スター意識など素振りも見せたことがない。1992年に自己の「峰厚介クィンテット」を結成、並行して「フォー・サウンズ」「富樫雅彦&JJスピリッツ」「渋谷毅オーケストラ」「エッセンシャル・エリントン」「佐藤允彦&SAIFA」等々で多くの名演を残している。2008年に「峰厚介カルテット」を結成、今回の『Mine Kosuke Quartet/With your soul』(MINE-G 001)が実ったのである。

 ジャズ史に残る名グループ「峰厚介クィンテット」を解散しワンホーンの「峰厚介カルテット」として新たなスタートを歩みだして4年、途中ベースがなんどか入れ替わったがケイ赤城トリオのもとで注目を浴びた杉本智和にベースが固定して1年ほど、ユニットとしての結束力が頂点に登りつめようとしている時点での録音であり、今のこのグループの音を作品に残したいという峰厚介の強い意志の顕れである。アルバム『Mine Kosuke Quartet/With your soul』(MINE-G 001)からはそうした峰厚介の静かな熱気がひしひしと伝わってくる。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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