音の見える風景  


Chapter21.ジョージ・アダムス
撮影:1983年11月
新宿ピットインにて
photo&text by 望月由美





 よみうりランド・オープンシアターEAST“Miles & Gil Japan Tour ‘83”でのジョージ・アダムスにはわくわくと胸を躍らされた。日曜日の昼下がり、降り注ぐ初夏の太陽のもと、多摩の広大な緑につつまれた野外ステージでのギル・エヴァンス・オーケストラのゆるやかなサウンドをバックに伸び伸びと吹きまくるアダムスのテナーはヤマハホールで聴いたドン・ピューレンとの双頭カルテットよりもずっとインパクトが強く今でも彼の圧倒的なダイナミズムに心を揺さぶられた想いがよみがえってくる。

 ジョージ・アダムスは1940年4月29日ジョージア州の出身、レイ・チャールスと同郷とおもえば、あの黒さも頷ける。バイオグラフィーによると11歳でピアノを始め、ハイ・スクールからテナーに切り替えたという。スタートはオルガン・トリオで、もっぱらR&Bを演奏していたそうだ。1965年ニューヨークに進出、ロイ・ヘインズ(ds)のグループに加入し第一線にデビュー、73年からはチャールス・ミンガス(b)のグループに参加。私がジョージ・アダムスの存在を知ったのもこの頃で、ミンガスの『Mingus at Carnegie Hall』(74年、Atlantic)からであった。ジョン・ハンディ、ローランド・カーク、ハミエット・ブルイエットといったミンガス・ワークショップの先輩サキソフォニスト達に囲まれて果敢に大ブローをくりひろげるジョージ・アダムスの潔さに魅かれ、それ以降注目するようになったのである。75年からはギル・エヴァンス、76年からはマッコイ・タイナーのグループにも参加し、ギルやマッコイの一員として何度か来日している。79年からはミンガス・ワークショップで一緒だったドン・ピューレン (p)との双頭カルテットで活動。ドラムスにミンガス・スクールのダニー・リッチモンド、ベースにキャメロン・ブラウンを擁した時期が最も強力であった。88年には盟友ダニー・リッチモンドが52歳で亡くなり、ルイス・ナッシュがドラムスに変わった。ジョージ・アダムスはマウント・フジでダニー・リッチモンドを哀悼しブルースを吹いたが力強さのなかにも哀愁が漂う心をうつトリビュートであった。ただ、個人的にはミンガスやギルといった大世帯の中でひたすら自分の出番を待ち、いざそのときには太陽に届けとばかりに上半身をそらし、天にむかって豪放にスピリチュアルを吹くジョージ・アダムスが好きである。

 ジョージ・アダムス&ドン・ピューレン・カルテットは1987年から2001年まで山中湖畔のマウントフジ・ジャズ・フェステイヴァルに出演、湖畔に向かって歯切れのよい陽気なリズムと火の玉のように熱いソウルをふり注ぎすっかりマウント・フジの顔となった。ジョージ・アダムスは照り付ける暑い日差しとブルースが最も似つかわしいテナー・マンであった。

 


山中湖に向かって自らのエモーションのすべてをテナーに注ぎ込むジョージ・アダムスに観衆は熱狂、手拍子をとり大地を踏み鳴らしてそれに応える光景をヴィデオで見るにつけいまだに懐かしい。89年にはこのカルテットが演奏する<Song from the old country>がマウント・フジのイメージ・ソングとなりTVのCFでくり返し放映されていたのでこの曲名は知らなくてもメロディーを覚えている人は意外と多い。

 そのジョージ・アダムスが1983年の秋、新宿ピットインに登場した。至近距離で見るジョージ・アダムス&ドン・ピューレン・カルテットはビッグ・ステージでの姿とは違った普段着の素顔を見せ、ブルースの手ほどきをしてくれた。ドン・ピューレンの俗に"おせんべい返し”といわれる独特の手さばきによるバッキングにのってジョージ・アダムスはテナーを吹き、フルートを吹いた。至近距離でレンズを向けさせていただいたが、レンズを見つめるジョージの目は白く澄み、優しさと親しみが漂っていた。ジョージの口元からは熱い音のかたまりがどんどんあふれ出し「ピットイン」の空間を満たしていった。ジョン・コルトレーンはその濃密な音をシーツ・オブ・サウンドと形容されたが、スタイルこそ違うもののジョージ・アダムスも絶え間なくほんの少しの隙間も音で埋めつくしてしまうほどに音数の多いテナーである。その音数が多ければ多いほどジョージ・アダムスの魂が眼前に浮かび上がってくる。それはたったひとつ、ブルースの魂である。

ジョージ・アダムスはミンガス時代からテナーと並行してパワフルなヴォーカルを聴かせてくれていたが当夜のピットインでも強く張りのあるのびやかな声で数曲歌った。いわゆるミュージシャンズ・シンガー、演奏のかたわら唄も歌うというミュージシャンは沢山いるがジョージ・アダムスの場合は典型的なブルース・シンガーである。体の芯からはじけてくるような異様なまでに黒い語感で語りかけるジョージ・アダムスの声音には意外にも陽気でヒューマンな男の香りが漂う。ブルースは耳で聴くものではなく肌で感じるものだということをジョージ・アダムスの唄から学んだ。

 頑固一徹、毅然としてブルースとゴスペルの道を貫き、燃えたぎる心の息吹をテナーにのせ、また張りのある声で唄い続けたジョージ・アダムスは92年11月14日、52歳という若さで忽然と姿を消した。因みにドン・ピューレンも95年にダニー・リッチモンドとジョージ・アダムスに会いに行くかのように53歳で他界している。奇しくも3人とも50代前半で旅立っている。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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