音の見える風景  


Chapter22.林 栄一
撮影:2003年4月
新宿ピットインにて
photo&text by 望月由美




林栄一の音の美しさには誰もが一目を置くところである。林の音は太くダイナミックでありながら絹のようになめらか。そしてなによりも林のロング・ソロはジャズが本来もっていたエネルギッシュな生命の息吹そのものである。おそらく、音の力強さでブロッツマン、レイシーと互角に渡り合ったのは林が一番であろう。林は請われればどのようなメンバーが相手でも常にベストをつくしてひたむきに吹く。そんな林がステージの袖で出番を待つとき、一瞬、穏やかな眼差しの奥にこれから放つ自らの音に立ち向かう覚悟が伝わってくる。

 林栄一の音楽を形にしたいと思ったとき、まず頭に浮かんだのはモンクであった。林のスタンダードは絶品だがモンクに向きあうときの林はアグレッシヴできりっとピントのあった標準レンズの小気味よさを感じさせてくれるからであった。そしてモンクをやるならゲストに渋谷さん、ということで『林栄一トリオ・ゲスト・渋谷毅/モンクス・ムード』(Yumi’s Alley、1995)の制作にとりかかった。モンクはコルトレーンを、そして林は渋谷毅を相手に選んだ。林栄一も渋谷毅もこれ以上の<モンクス・ムード>はないというくらいに絶品、モンクス・ミュージックの極致をくりひろげてくれた。

 林栄一のキャリアをたどるときどうしても欠かせないのが林のファースト・アルバム『MAZURU』(OMAGATOKI、1990)のライナーノーツで山下洋輔さんが語っている、林との出会いと邂逅のお話し。山下トリオ結成前の1966年のこと。“SABU”豊住芳三郎(ds)と吉澤元治(b)のトリオで活動している時期で、時々中村誠一(sax)が加わっていた。このメンバーで「新宿ピットイン」に出演している時に白いシャツに学生ズボン姿の高校生がやってきてひとこと<吹かせてください>といったという。手合わせをした山下さんはいい音でうまいという印象をもたれたそうだが、それっきりその高校生は姿を現さなくなった。高校時代の林栄一である。このときの林を山下さんはコニッツを思わせると語っている。おそらくトリスターノ時代コニッツ、カミソリのように切っ先するどいコニッツだったに違いない。その後、林栄一はシーンの一線から姿を消してしまう。それから14年ほど経ったある日、あるライヴ・ハウスで山下さんは林とぱったり再会しジャムに興じたという。全くの偶然だったというが林栄一は消えた14年の間にパーカー、ドルフィー、オーネットを駆け抜け、自己のスタイルを確立していたのである。以降1981年から1983年まで林栄一は「山下洋輔トリオ+1」に参加、1983年から84年にかけては富樫雅彦(ds,per)の「ニュー・グループ」にも抜擢され一躍クローズアップされることになる。その後も板橋文夫(p)や森山威男(ds)、渋谷毅オーケストラ、エッセンシャル・エリントン・プラス等々に加わりながら、ステイーヴ・レイシー(ss)やペーター・ブロッツマン(reeds)、姜 泰煥(sax)等日本を訪れるフリー・ミュージシャンとも共演を重ねてきた。因みに林が得意とするサーキュラー・ブリージングは姜 泰煥の存在が大きかったようだ。

 林栄一のリーダー・グループといえば、1990年の「MAZURU」以来おおくの自己のグループを作ってはきたがあまり長続きしていない。たとえば、『モンクス・ムード』を録音した時の「林栄一トリオ」は「新宿ピットイン」でのレコ発ライヴをたったの一回演ったきりで即解散。林さん曰く<あきちゃうんだよ>。一箇所にとどまっていられない性分らしい。よくいえば常に前を向いて意欲的、悪く言えば飽きっぽい。最近よく口にする言葉が<挫折しちゃうんだ>。口とはうらはらに自分の目指す高みの目標と現実とのギャップと常にたたかっているようである。林のアイドルはモンクとミンガス。モンクとミンガスを探求することによって自己のスタイルに磨きをかけてきたのである。1950年1月元旦、東京の生まれ。いつもにこにこと笑顔をたたえているが頑固一徹、職人気質の江戸っ子である。

 

 林栄一の音色の美しさと洗練されたテクニックは大方の認めるところだが、林のつくる曲もみな素晴らしい。童謡のように素朴で飾り気がなく、それでいて官能的なメロディーが印象に残る。なかでも<ナーダム>は林の代表曲であり大ヒット曲である。アジアの草原をイメージして作曲し、これはモンゴルだなぁと考えている時、モンゴルの国民的行事「民族の祭典=ナーダム」の写真集を見せてもらった。そこで目にした運動会で遊び興じる子供たちの生き生きした表情に惹かれ、曲名は<ナーダム>にしようと決めたという。「渋さ知らズ」がしばしば演奏するので、林さんも(渋さ知らズの曲を)やるんですね、といわれることもあるそうだ。
『RENDEZVOUS』(Yumi’s Alley、2004)のレコーディング時にも書き下ろしの曲をもってきてくれたがこれも名曲であった。なき母へ捧げてつくった曲なので<もし私が生まれ変わることが出来たならば、もう一度あなたの子供でありたい>という曲名にしたらどうかという林からの話もが出たが、あまりに長く、また一連のミンガスの曲と間違えられそうなのですっきりと<SONG FOR>とした。胸にしみるメロディーをもち、愁いと慈しみをたたえた名曲である。普段サーキュラー・ブリージングでバリバリ吹きまくるイメージが定着している林だが実は心根はとても優しい、そんな彼の素顔が素直に表現されている。林栄一の書く曲は多くのミュージシャンが好んでとりあげている。最近では酒井俊(vo)が林の<ナーダム>と<回想>に詞をつけて歌っている。

 今年の3月には横浜白楽の「Bitches Brew」で纐纈雅代(as)と、4月には吉祥寺「サウンド・カフェ・ズミ」でイタリアのジャンニ・ジェビア(as)とのアルト・マドネス、また竹内直(reeds)とのデュオなど2管のギグが多くなってきた林だが、峰厚介(ts)との2管で残した『RENDEZVOUS』(Yumi’s Alley)での<Ellen David>は二人のサキソフォンの立ち上がり、スピードと切れの凄みによっていまだに色あせていない。

 アルト一本さらしに巻いて、請われればだれとでも旅をし演奏する林だが、今年は自己のグループ「ガトス・ミーティング」に最も力を注いでいる。もともとは猫好き同士の吉田隆一(bs)と3年前につくったグループだがこの間我も我もと志願者が増え、いまでは林、吉田のほかにトランペット、トロンボーン、ギター、ツイン・ベースにツイン・ドラムと9人編成にふくらんだ。このバンドでは専ら林の作曲したオリジナルを林のアレンジで演奏している。林、吉田をのぞいて若いミュージシャンが集まっているのでフレッシュなきらめきと技巧をこえた気合がグループの売りである。「ガトス・ミーティング」はこの5月ライヴ・レコーディングを計画している。この溌剌としたエネルギーをどこまでパッケージできるか興味深い。また6月には横浜白楽「Bitches Brew」で7デイズ・セッションを行う。更に7月には寅年生まれの林栄一(sax)、スガ・ダイロー(p)、安東昇(b)、外山明(ds)の4人が集った「トラ・カルテット」をやはり寅年生まれの国立「ノー・トランクス」オーナー、村上寛さんのプロデュースでレコーディングを行うという。還暦をすぎて俄かに活気を帯びてきた林栄一、いま何回目かの青春の真っ最中である。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
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第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


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