Vol.21 Evelina Petrovaのこと
text and photos by Ayumi Tanaka

 音楽家にとって自分の声を見つけ出すということは、長い長いプロセスの果てに訪れることなのであろう。

 2年前、私は学校で身体の使い方に関するワークショップに参加した。その際、地に身体が根ざしているのを感じて演奏をするという課題があった。そこで私は思わずある人に感動してしまった。その人の奏でる音がまさに大地に深く根を張り、天へと昇る木のようであったからだ。その人の名前はEvelina Petrova。ロシア出身の作曲家、アコーディオン奏者。


 彼女は現在、私が通うノルウェー国立音楽大学のジャズ科マスタープログラムに在学している。この大学のジャズ科のマスタープログラムは自身のプロジェクトを行うとすることにフォーカスされていて、それを学校側がサポートするというものだ。行う場所は自由なので、学校でほとんど見かけることのない学生もいる。そういう訳で、そのワークショップが行われたのは彼女がこの学校に来てしばらく経った後であったが、私が彼女を知ることになったのはそれが初めだった。

 その後、幸運にも彼女のコンサートに行く機会が何度かあった。その中に私の師であるピアニストMisha Alperinとの共演もあった。彼女の音を目の前にすると彼女自身の声がこちらに伝わってくる。楽器は彼女の声を通す媒体であるように感じる。声があって、それがたまたまその楽器を通して発せられる。素晴らしい音楽家に出会ったときに私はこのように感じることがある。“もし初めて手にする楽器を演奏していたとしても私はその人の演奏に感動するのだろうな”と。例えばノルウェーのドラム奏者Jon Christensenやトランペット奏者Per Jorgensenの演奏を聴いたときにも同じことを感じた。Evelinaの音を聴くときもそう感じる。

 そんな彼女のことを知ってもらいたくてこの記事を書いている。彼女がどんなプロセスの中で自身の声を見つけてきたのか知りたく少し話を聞いてみた。

「人は誰しも自分の言語を持っていて、それは音楽のアイデアや即興演奏の支えになります。ルーツは他の人とは異なる特別なものを創りだす力を与えてくれます。私はノルウェーにいると強く母国ロシアとの繋がりを感じます。外国人として自分のルーツを持ち続けるようにしています。また、自分の声を持つことは大切なことです。自分の声やアイデンティティを信じて維持し、そこから切り開かなければならないです。それが外国から来た私がここでできることです。もしノルウェー人のようになろうとしても私たちには何のチャンスもないでしょう。私がここノルウェーで何かをするときは、自分の背景や音楽に対する考えから何ができるのか探し求めなければならないです。ノルウェーの人々になくて自分にあるものを見つけ、それをこの地に注ぐのです。それは、ノルウェーの人々にとって必要なことだと思います。とても不思議なことですが、彼らの顔をみると皆とても似ていると感じます。小さく、人口も少ないこの国は何か新しい血を必要としているのではないでしょうか。音楽も同じく新しい血を必要としているように感じます。

 私は自分の背景や音楽への考え方とノルウェーと繋がる場所をみつけようとしています。その為にどうすればよい組み合わせができるか考えます。例えば、ノルウェーのハダンゲルフィドル奏者とトロンボーン奏者と取り組んでいるプロジェクトがあります。私はロシアの優しいメロディ、フィドル奏者はノルウェーのシャープで長い起伏のあるメロディを奏で、トロンボーン奏者はエレクトロニクスを使いながら現代的な即興演奏をします。これはとても美しいコンビネーションだと思います。ところで、私たちはあるアイデアを見つけました。ロシアに古くから伝わる指輪にまつわる美しい歌があるのですが、それを日本庭園を題材にした旋律と組み合わせる試みです。ロシアと日本のハーモニーは共通するものがあり、うまく融合します。そこへフィドル奏者がノルウェーのダンス音楽を演奏するのですが、ロシアと日本、ノルウェーの組み合わせがとてもうまく作用しています。私たちはこの様な音楽的な方法で、3人が繋がることのできる場所はどこにあるのかを考えて取り組んでいます。

 私たちはたった一つの地球上にいてすべての人々に共通するものがあります。それは、どの人も愛や家族、音楽、良い空気、ポジティブさなどを必要としているということです。すべての人々の関係はとても近いところにあると思います。音楽においてもそうです。人との共通、類似しているものを見つけ出し、それらを組み合わせることができます。自分のアイデンティティ、ルーツと共にいることが大切なのですが、それだけではなく人々と出会える場所を見つけることも大切です。

 他にも取り組んでいるプロジェクトに子供の為のコンサートがあって、ダンサーとのコラボレーションでロシアの民話をもとにした12ヶ月の物語を題材にしたパフォーマンスをします。子供たちにロシアの民話を伝えるためにそれをするのですが、私たちはそれをノルウェーの伝承を用いて行います。なぜならそれらには共通や類似するところが多くあるからです。ロシアとノルウェーとで何が類似しているのか考えます。この方法はノルウェーの子供たちのロシアの民話への理解を手助けする架け橋になります。例えば、民話の中にかつての人々はエネルギーを送ることで作物を育てたという話があります。人間と自然は古来から特別な関係性があったのです。このようなことはすべての人々にとって共通することで、私はそういう共通性のようなものを見つけ出そうとしているのです。」

 彼女から発せられる言葉一つ一つは芯が通っていて深く地に根ざしていて、それでいてしなやかさを含む。彼女の言葉や行動には愛があって、とても美しい人だと思わずにはいられない。そして彼女の音楽もそうなのだ。

Evelina Petrova
Web site: http://evelinapetrova.com

田中鮎美:
3歳から高校卒業までエレクトーンを学ぶ。エレクトーンコンクール優勝、海外でのコンサートなどに出演し世界各国の人々と音楽を通じて交流できる喜びを体感する。
その後、ピアノに転向。ジャズや即興音楽を学ぶうちに北欧の音楽に強く興味を持つようになり、2011年8月よりノルウェーのオスロにあるノルウェー国立音楽大学(Norwegian Academy of Music)のjazz improvisation科にて学ぶ。Misha Alperinに師事し、彼の深い音楽性に大きな影響を受ける。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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