音の見える風景
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 Chapter 24.オーネット・コールマン
 photos&text by 望月由美
 撮影:1967年10月5日、東京サンケイホールにて


ソニー・ロリンズ(sax)の生誕80周年コンサートを収録した『ROAD SHOWS vol.2』(Doxy)の<ソニー・ムーン・フォー・トウ>で久しぶりにオーネット・コールマンの音を聴いて初来日時のオーネットに思いを馳せた。オーネットはそれ以来しばしば来日していて2001年には高松宮殿下記念世界文化賞も受賞している。今年も東京JAZZ 2012で来日することになっていた。おそらく本稿がアップされるころにはオーネットの来日ステージを聴いている方も多いと思って今回オーネットを採りあげたが、本稿を書き上げた時点でオーネットの東京JAZZ来日公演が体調不良のため急遽中止との一報が入った。オーネットの一日も早い快復を、本コラムを通じて祈るばかりである。

 しかし、筆者にとってはオーネットの初来日のときの印象がもっとも強烈であった。1967年10月5日、サンケイホール。予告ではデイヴィッド・アイゼンソンとチャーリー・ヘイデンのダブル・ベース・トリオとなっていた。重い扉を開けて会場の中に入ると壁際にたたずんでいるチャーリー・ヘイデンに遭遇した。ステージに立つべき人が客席にいるのにはびっくりしたが周囲の人は気付いていなかったようであった。
   ステージに現れたのはオーネットとデイヴィッド・アイゼンソン(b)そして富樫雅彦(ds)の3人。ビザの関係からか、チャーリー・ヘイデンは最後までステージに立つことはなかった。
 極端に暗い照明の中、オーネットひとりにスポットが当てられる。演奏は『タウンホール1962』(ESP)や『ゴールデン・サークル』(Blue Note)で聴きなじんだテーマがときおり耳に入ってきたほかは完全に即興の世界、延々とロング・ソロを続けるオーネットのひとり舞台で、当時フリー・ジャズといわれていた理知的で過激な音楽とは違って感性に直接訴える音であった。内面から次々と湧き出るようなオーネットの艶やかなアルトの音に魅了された。そしてオーネットがアルト以上に精力を注いだのがヴァイオリンであった。オーネットのヴァイオリンはおよそ一般的な演奏スタイルとはかけはなれたもので、ヴァイオリンを手前に構え弦をじっと見据えながら左手で弓をあやつるオーネットの姿は魔術師のような不思議な魔力を発していて、その呪術的なオーネットの姿と弦をきしる音とがうまく結びついてすっかりオーネットと同じ空間を共有できたような気持ちになってしまったのを覚えている。

 オーネットが初来日をした1967年という年は、7月にジャズの牽引者、ジョン・コルトレーンが突然世を去り、<ジャズは死んだ>などという飛語がとびかう一方「DIG」「DUG」「木馬」など新宿のジャズ喫茶が隆盛をきわめ、「新宿ピットイン」や「タロー」が日本のジャズの発信拠点となっていたころである。私自身、昼下がりのひととき「木馬」の大音響の中でオーネットの『ゴールデン・サークル』を聴き、チャールス・モフェット(ds)のシンバルのシャワーを浴びながらうたたねをするのが大好きであった。
 アルトの林栄一も、偶然にも同じ日にオーネットのコンサートを聴いたひとりで、オーネットのアルトの音色が美しかったこととデイヴィッド・アイゼンソンのアルコが強く印象に残っているそうだ。当時高校生だった林栄一が「新宿ピットイン」の山下洋輔トリオに飛び入りし、セッションをしていた頃である。

 

 コンサート会場で購入したプログラムを久しぶりにひっぱり出して見た。B4版で大変立派な仕上げである。執筆者も油井正一さん、岩波洋三さん、植草甚一さんの3本立てと豪華で当時のジャズ・コンサートの隆盛振りが伝わってくる。なかでも植草さんの記事が例によってオーネットのエピソードをスクラップして面白おかしく紹介していているので改めて読み直してみた。それによると、オーネットは故郷フォートワースからロサンジェルスに出てきた一時期、やはりロスに住んでいたチャールス・ロイド(sax)のアパートで一緒にくらしていたそうで、理論派のチャールス・ロイドの部屋には多くの意欲的なミュージシャンが集まってきた。その中にエリック・ドルフィーやドン・チェリーもいてオーネットはそこで二人とも知り合っているのだ。そして、1959年の歴史的な「ファイヴ・スポット」への長期出演時にはソニー・ロリンズが「ファイヴ・スポット」の前にたたずみオーネットの音に聴き耳を立てていたという。また、ロリンズの潜伏期間中、オーネットとロリンズはニュージャージーでよく一緒に練習していたのだそうである。こういったことが分かってくるとソニー・ロリンズの『ROAD SHOWS vol.2』(Doxy)にオーネットが出演した謎もとけてくる。

 オーネット・コールマンは1930年3月29日、テキサス州フォートワース生まれ。14歳のときアルト・サックスを買ってもらったがアルト・サックスのレッスンが受けられず、独学でピアノの教則本を使って練習するという普通とは違った楽器の習得の仕方をしている。ここからあの独特の個性が生まれたのかもしれない。オーネットは1962年12月のタウンホール・コンサートのあとジャズ・シーンから姿を消している。そして1965年の1月に「ヴィレッジ・ヴァンガード」でカンバックするがコンラッド・ルックスから映画「チャパカ」の音楽の制作依頼を受け6月に『チャパカ組曲』(CBS)を完成させ、そのあとヨーロッパに渡り『クロイドン』(ポリドール)、『ゴールデン・サークル』とインプロヴァイザーとしての頂点を極めてゆく延長線上での初来日だったわけで多くの著名人が驚きの声と賛辞を送っていた。

 コンサートの数日後の「新宿ピットイン」、だれのステージだったかは失念したが演奏が終わって出入り口の方に足を運ぶとなんとレジの脇のテーブルにオーネットが座ってお茶を飲んでいるではないか。確か『ゴールデン・サークル』のジャケットに載っているのと同じ帽子をかぶって穏やかな笑みをたたえていた。オーネットがピットインに表敬訪問に来ていたのだ。当時は恐れ多く恐縮してしまって、ただただ会釈をさせて頂いただけだったがオーネットは優しく手持ちのハンカチーフにサインをしてくれた。ハンカチーフにはORNETTE COLEMANの署名の下に象形文字のようなものが記されていた。はじめは何が書かれているのかさっぱり分からず、なにかの記号かおまじないかと思ったが、なんどか見ているうちにそれはカタカナで「オーネット」と書かれていたことが分かってきた。以来、そのハンカチーフはオーネット『FREE JAZZ』(Atlantic 1364)の本来ジャクソン・ポロックの絵画「WHITE LIGHT」を際立たせるためのダブル・ジャケットの四角い切り欠き窓のところを占有している。


望月由美

望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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