Vol.20 | ハンス・ライヒェル @トータル・ミュージック・ミーティング2006
Hans Reichel @Total Music Meeting 2006
(C)2002 横井一江 Kazue YOKOI

 立川談志が亡くなったというニュースが2日遅れで流れた日の夜、新宿ピットインに出かけた。誰となく雑談しているうちに「だんしがしんだ」という話題になる。そこにやってきた内橋和久が暗い顔をして「ハンス・ライヒェルも亡くなった」と言う。ライヒェルはまだまだ現役な年齢の筈、と耳を疑った。しかし、残念ながらがガセネタではなく、翌日ドイツの地方紙でその訃報を読むことになる。
 ヴッパータールの自宅で亡くなったライヒェルであるが、同じ街に住むフリー・ミュージックのパイオニア、ペーター・ブロッツマンや故ペーター・コヴァルトとは、音楽性も生き方も異なった志向をもつミュージシャンだった。パワープレイを身上とし、咆哮するようにサックスを吹いていたブロッツマンとは違い、ライヒェルのギターから引き出す多彩なサウンドにはフリージャズのしがらみがなかった。また、異文化あるいはその土地に生きる音楽家との交流を求めて世界を旅したコヴァルトや各国の様々なミュージシャンと共演を重ねてきたブロッツマンと違い、ライヒェルはギターという楽器そのものの中にサウンドを求めていったといえるだろう。だから、FMPなどに残された彼の作品にはソロやデュオが多い。
 即興音楽のギタリストにはさまざまな革新者がいた。いわずと知れたアイコン、デレク・ベイリー、ギターを机の上に置いて演奏するテーブルトップ・ギターを始めたキース・ロウなど。彼らに共通しているのは奏法を拡大していったことだ。だが、ライヒェルはギターの改造に向かう。やがてそれにあきたらず、オリジナルのダブルネック・ギターを制作するに至る。板一枚にこだわり設計するところから、ギターという楽器のサウンドを追求していったのだろう。その過程を経るごとに、サウンドは純化していったように思える。そのライヒェルの制作したギターは木目やフォルムが美しく、工芸品としての格調を感じさせるものだった。彼にとってサウンド追求のプロセスは楽器制作から始まるもので、演奏行為はその最終段階にすぎなかったのかもしれない。
 また、木工作業は、ダクソフォンという副産物を生み出した。数々の形状の異なる木片をダックスと名付けたギターのフレット部分を切断し裏返したような器具で押さえ、弓弾きする。木片を置く台にはコンタクト・マイクが接続されていて、木片が出す音をピックアップするというしかけである。その原型を最初に見たのは1987年だった。メールス・ジャズ祭の最終日、音楽監督だったブーカルト・ヘネンが経営するクラブに、ちょうどヴッパータールに滞在していた早坂紗知らを連れてライヒェルが現れて、演奏した時である。その頃はまだ立って、ノコギリをひく時のような感じで弓を木片に当てて弾いていた。90年にメールス・ジャズ祭でライヒェルのプロジェクトを観たが、その時も同様の奏法だった。やがてダクソフォンもどんどん改良されていって、現在のような形状になり、座って弾くようになる。使用される木片も増えたが、その形はバリエーションに富んでいていずれも美しく、また、弓だけではなくブラシなども用いて演奏するようになった。

 

そのように進化したダクソフォンから彼が導き出すサウンドは、人の声に聞こえたり、森に住む動物の声や虫の鳴き声にも似ていたりして、とてもコミカルで不思議な味わいがある。それを多重録音して、木片が唄うオペレッタをつくってしまったのは1992年。それから約十年後にリリースされたオペレッタ2作目のCD『Yuxo: a new daxophone operetta』(a/l/l)は、とりわけ楽しいアルバムで私は一時よく聴いていたのである。
 ライヒェルのステージを十数年ぶりに観たのは2004年のベルリン・ジャズ祭だった。リュディガー・カールとのデュオで、ダクソフォンのユーモラスな木片の声とカールのアコーディオンとサックス、ヴォイスとのウィットの利いた対話がとても楽しかったことをよく覚えている。そして、2006年のトータル・ミュージック・ミーティングでの内橋和久とのダクソフォンとギターそれぞれのデュオがライヒェルを観た最後となってしまった。写真はその時に撮影したものである。
 ミュージシャンとしての顔の他に、ライヒェルはフォント・デザイナーとしての顔も持っていた。フォント・デザインを始めたきっかけは、70年代自分のコンサートのポスター、フライヤー、アルバム・ジャケットのデザインを手がけたことだったという。彼が創ったFF Daxなどのフォントは世界中のデザイナーに使用されているので、それと気づかぬうちにそのフォントをどこかで目にしているに違いない。その特徴のひとつを挙げるならば、aの右下のしっぽがなく、その部分がカーブになっていること。bやp、あるいはnなども同様である。そのような文字を見かけたら、ライヒェル作のフォントかもしれない。
 もはやライヒェルの奏でる音は録音でしか聴けなくなってしまったが、ドイツ的な職人気質が生み出したダクソフォンという楽器やフォントは今も生き続けていて、どこかでサウンドを奏でていたり、ポスターなどで使われているのである。
1949年5月10日ドイツ、ハーゲン生まれ、2011年11月22日ヴッパータールの自宅で死去。合掌。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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COLUMN
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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
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